第3章
ライブ配信が始まって三日目、カメラは我が家の一切を忠実に記録し続けている。
兄が疲労困憊の様子でドアを押し開けて入ってきた。その顔色は紙のように真っ白だ。
彼の動きは数日前より明らかに鈍重だったが、それでも習慣的にまず私がいる場所へと視線を向けた。
「唯ちゃん、今日の調子はどう?」
彼は工具鞄を下ろしながら、しゃがれた声で尋ねる。
私は冷ややかに彼を見つめ、返事をしなかった。
【また始まった。この恩知らず、返事の一つもしようとしない】
【お兄さん、一日中働いて疲れてるのに彼女の世話までしてるのに、彼女は不機嫌な顔一つ崩さない】
【お兄さんが可哀想。性悪な嫁をもらった上に、恩知らずな妹までいるなんて】
【いや、この家って結構裕福そうに見えるけど、なんでお兄さんは肉体労働者みたいな感じなの?】
彼は私の冷淡な態度に気落ちすることもなく、かえって一層甲斐甲斐しく動き始めた。まずは私の顔と手を拭き、それから丁寧に脚をマッサージしてくれる。
彼の手は紙やすりのようにざらざらで、爪の間には洗い落とせていないセメントの灰が残っていた。
「今日は現場の仕事が多くてさ。もっと早く帰りたかったんだけど」
彼はマッサージをしながら説明した。
「夜はこれから二時間ほど出前配達のバイトがあるし、明日の朝四時には単発の仕事も……」
私はすっと目を閉じた。
【お兄さん、昼は工事現場、夜は出前配達、深夜は単発仕事って、全部この恩知らずを養うためじゃん】
【もう見てるだけで辛い。これじゃ過労で倒れちゃうよ】
【妹は相変わらずの冷たい顔。マジで一発殴ってやりたい】
マッサージが終わると、彼は疲れきった体を引きずってキッチンへ向かった。
冷蔵庫を開け、食材を探す音が聞こえる。それから野菜を切る音、炒める音、時折彼の咳が混じる。
二十分後、彼は湯気の立つ麺の入った丼を手に私の前までやって来て、慎重に息を吹きかけて冷ましてくれる。
「唯ちゃん、まず何か食べて。君の好きなトマトと卵の麺、作ったから」
私は丼の中の麺に目を落とす。スープは濁り、卵もきちんと溶きほぐされていない。
「見るからに不味そう。誰が食べられるっていうの」
彼は仕方なく、もう一度作り直してくれた。
私に食事をさせた後、彼は自分の分には口もつけず、急いで食器を片付け始めた。
彼の動きがどんどん緩慢になり、額に細かい汗が滲んでいるのに気づく。
「唯ちゃん、皿を洗ってくるね。そしたらまた脚を揉んであげる。その後、出前の配達に行かないと……」
彼の声が次第に小さくなっていく。
突然、ゴンッという鈍い音が響いた。
彼がリビングの床に倒れていた。
私は彼をじっと見つめ、ゆっくりとスマートフォンを取り出し、ある番号に電話をかけた。
【うわっ! 彼、気絶した!】
【疲れすぎだよ、これ過労だ!】
【早く救急車を呼べよ!】
【あら、一応良心はあったのね。救急車を呼ぶくらいは知ってるんだ】
電話が繋がると、向こうから艶めかしい笑い声と囁きが聞こえてきた。
男の声が不明瞭に言う。
『ベイビー、電話なんてほっとけよ……』
私は音量を上げた。
「お義姉さん、楽しんでる?」
「何よ? 帰らないから」
電話の向こうの青子の口調は険悪だ。
私は電話に向かって続けた。
「お義姉さん、私、数万円のへそくりがあってずっと使ってないの。この前あなたが欲しがってた化粧品のセット、買ってあげられるわ」
電話の向こうの青子は少し黙り込み、それから尋ねてきた。
「私に帰ってきてほしいわけ? 言っとくけど、帰ったとしても、あんたに優しくしてあげるつもりはないからね」
私は軽く言い放つ。
「いいのよ。気にせず思いっきり遊んできて。しばらく帰ってこなくていいから」
コメント欄は一瞬で爆発した。
【どういう状況?】
【お義姉さん、他の男と一緒にいる?】
【実家に帰るって言ってたのに、まさか愛人に会いに行ってたとは!】
【マジかよ、兄嫁が浮気?】
【妹の世話をあんなに嫌がってたのも納得。不倫相手がいたのね!】
【この一家、どうなってんの! 恩知らずな妹に、浮気者の兄嫁、可哀想なお兄さん!】
私は電話を切り、床に倒れている兄を見つめる。表情は平静なままだった。
およそ三十分後、けたたましいノックの音が響く。
誰かが呼んだわけでもない救急車が到着し、救急隊員が駆け込んできて兄を担架に乗せた。
「ご家族の方も病院へ同行をお願いします。サインが必要になるかもしれません」
隊員の一人が私に言った。
私は頷き、彼らと一緒に救急車へと運び込まれた。
部屋から運び出されるその瞬間、私は壁の隅に隠されたカメラをこっそりと一瞥し、その目に複雑な色をよぎらせた。
【マジでネットの誰かが救急車を呼んでくれて助かったな。じゃなきゃお兄さん、今日ここで死んでたかも】
【え? 俺は呼んでないけど】
【私も呼んでないよ?】
【じゃあ誰が呼んだんだよ!】
