第56章

夜の帳は深く、T市の帝国ホテルの前には高級車がずらりと並んでいた。

松野奥様の車がホテル前に滑り込み、彼女がドアを開けて降りた、その瞬間――

松野奥様はもうこちらへ歩み寄ってきていた。

深い臙脂色の織錦の旗袍。丹念に手入れされた顔には、抑えきれない高揚があふれている。

「まあ、薫子ちゃん、やっと来てくれたのね!」

松野奥様は沈村薫子の手をぱっと取ると、親しげにぽんぽんと叩いた。

「今日もほんっとに綺麗。おばさんね、あなたの顔を見るだけで嬉しくなっちゃうのよ」

「おばさま」

沈村薫子はしとやかに微笑み、その手に引かれるまま素直に身を任せた。

「さ、こっちよ!」

松野奥様は彼...

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