第9章
私のお守りは、小笠原玲奈が今朝捨てたばかりだ。まだゴミ処理場にあるはずだ。
緒方智也が車を出し、アクセルを床まで踏み込んで私を連れて行く。
彼は私と一緒に、ゴミの山をあさり始めた。普段あんなに潔癖な人が、汚いとか臭いとか言っていられない様子で、両手を泥だらけにして探している。
深夜から探し続け、空が白み始めても、成果はゼロだった。
太陽が地平線から這い上がってくる頃、私は唐突に、どうしようもない脱力感に襲われた。
刺すような陽射しに目の奥が熱くなる。唇を噛みしめ、嗚咽を漏らさないように必死で堪えた。
ゴミ処理場の老婆が、そんな私を哀れに思ったのか、一緒に探し始めてくれる。
もう諦めようかと思ったその時、老婆が声を張り上げた。
「お嬢ちゃん、ちょっと来てごらん。これかい?」
私は弾かれたように立ち上がった。酷い目眩がしたが、構っていられない。裸足のまま駆け寄った。
老婆の手には、泥に塗れたお守りが握られていた。刺繍の糸はほつれ、布地もあちこち破れてしまっている。
母さんの形見だ。間違いなく。けれど、それはもう無残な姿だった。
本当は、見つかっただけで満足すべきなのだろう。
あったんだから、よかった。よかったんだ。
笑おうとした。けれど、口角を少し持ち上げただけで、涙が堰を切ったように溢れ出した。
お母さん。お守りがあればお母さんもそばにいるって言ったのは、本当?
でも、お守りが壊れちゃったよ。お母さんは、まだそこにいるの?
お願いだから行かないで。私を一人にしないで。
緒方智也が手を伸ばし、私を抱き寄せた。そして低い声で囁く。
「泣くな。また誰かに頼んで、新しいのを貰ってきてやるから」
私は彼を突き放し、首を横に振った。もういい、結構です、と。
一瞬の間を置いて、緒方智也の声色が冷たく沈んだ。
彼は歯を食いしばり、私を罵る。
「相原沙耶。お前が『もういい』と言うたびに、俺は本気でお前の首を絞め殺したくなるんだよ」
「一度くらい、俺に頼めないのか」
私はただ、静かに彼を見つめ返した。
緒方智也の携帯が鳴った。小笠原玲奈からだ。
彼は数秒躊躇ったが、結局通話ボタンを押した。
電話の向こうで、小笠原玲奈が泣いているのが聞こえた。
「智也、あたし、そっちに行って沙耶お姉様に直接謝ろうと思ったの」
「でも道に迷っちゃって……知らない男の人がずっとついてくるの、怖いよぉ……」
緒方智也の中から、私の存在など瞬時に消え失せたようだった。彼は背を向け、走り去っていく。
ちょうどその時、病院から通知が届いた。
今日は、予約していた中絶手術の日だ。
小笠原玲奈の誕生日である今日、私は母の形見を失い——そして、まだ見ぬ我が子をも手放すことになる。
