第5章

高橋健太視点

あの月曜日の朝、俺は成実の何かがおかしいことに気づいた。

長年ビジネスの世界を渡り歩いてきた人間として、俺は昔から細部に気づく目を持っている。そして今日の成実と来たら……鼻歌なんて歌っていただろうか?

オフィスの入口に立ち、デスクにいる彼女を眺める。馬鹿げた笑みが唇に浮かび、指は何かビートを刻むように軽くタップされている。俺の知る、いつも神経質で慎重な秘書とはまるで別人だった。

なぜ急にこんなに……上機嫌なんだ?

彼女のデスクへ歩み寄ると、成実はクッキーの瓶に手を入れているところを見つかった子供のように、慌ててスマートフォンをしまい込んだ。

「おはようございます、社長。何かご用でしょうか?」彼女の顔がわずかに赤らむ。

俺は数秒間、彼女をじっと見つめた。その瞳には、今まで見たことのない何かが宿っていた――いつもの怯えたような警戒心ではなく、幸福とでも言うべき何かが。

一体何が彼女をこんなに陽気にさせるんだ?

「週報、十時までに」俺は冷たく言い放ち、背を向けた。

だがその日一日、俺は仕事に集中できなかった。

それから数日間、俺は意図的に成実を観察するようになった。

これは管理職としての責任の一環だと自分に言い聞かせた。従業員の異常な行動は業務効率に影響を及ぼす可能性があり、俺が懸念するのは当然の権利だ。

しかし、観察すればするほど、俺の混乱は深まるばかりだった。

コピー機のそばで、例の馬鹿みたいに間抜けな笑みを浮かべながら、知らない曲を口ずさむ成実。書類を処理しながら時折上の空になり、無意識に口角を上げる成実。最も不穏だったのは、以前より頻繁にスマートフォンが振動するようになり、メッセージを確認するたびに彼女が笑みをこらえていることだった。

まるで恋煩いの馬鹿みたいだ。

その考えが浮かんだ瞬間、俺は即座にそれを否定した。

成実が恋? あり得ない!

自分の判断を確かめるため、俺は彼女に近づく口実を探し始めた。

「この提案書のデータ、再確認が必要だ」

「クライアントフィードバックはいつ上がる?」

「この配色についてどう思う?」

俺が不意に隣に現れるたび、彼女は感電したかのように飛び上がり、慌ててスマートフォンを片付ける。その罪悪感をにじませた表情は、彼女が何かを隠しているという俺の疑いを強めるだけだった。

誰とメールしているんだ?

その答えは、水曜日の昼休みに明らかになった。

エスプレッソを飲みに階下の喫茶店へ向かった俺は、窓越しにある光景を見て血の気が引いた。

成実が窓際のテーブルに座り、その向かいには金髪の男がいた。男が何か言うと、彼女は堪えきれないといった様子で笑い、目を三日月形に細めている。

井上剛。

あのいまいましい童顔には見覚えがあった。

二人は楽しげに談笑し、剛は成実の腕に触れさえした――そして彼女はそれを振り払わなかった。

俺は窓の外に立ち、その光景を見つめながら、胸の中で何かが燃え上がるのを感じていた。

産業スパイだ。

そうだ、それに違いない。井上剛は俺の従業員を引き抜こうとしているか、もっと悪くすれば、成実を通して高橋広告の企業秘密を盗み出そうとしている。

この世間知らずの女め、手玉に取られているとも知らずに。

俺は踵を返し、喫茶店を後にした。気分はどん底だった。

金曜日の午後、全てが最高潮に達した。

オフィスで書類を処理していると、外で騒ぎが起こった。

「お届け物です! 西村成実様宛の荷物です!」

成実が花の箱を開けた瞬間、オフィス全体が沸き立った。

「うわあ! 成実ちゃん、 ファンがいるんだ!」

「ロマンチックなのは誰?」

同僚たちが成実を取り囲んでからかう中、彼女はトマトのように顔を真っ赤にして、小さなカードを手にしていた。

そこに何が書かれているかは見えなかったが、成実の恥ずかしそうで、それでいて幸せそうな表情から判断するに、その内容は心温まるものに違いなかった。

くそっ、剛め。

俺は拳を握りしめ、指の関節が白くなる。成実が注意深く花の香りを吸い込むのを眺めていると、その幸せそうな表情に何かを叩き壊したくなった。

俺のせいで、彼女がそんな風に笑ったことは一度もなかった。

待て、なぜ俺はこんなことを気にするんだ?

無理やり冷静になろうとする。これはビジネスの問題であり、個人的なことではない。井上剛が安っぽい手口で俺の部下を堕落させようとしている。それを止めなければならない。

午後の休憩中、美咲が俺の部屋のドアをノックした。

「ご機嫌斜めのようですね」彼女はコーヒーを手に中へ入ってきた。「オフィスのあの花のせいですか?」

俺は答えず、書類仕事に没頭した。

「成実ちゃん、結構人気者ですね」美咲は俺の向かいに座り、含みのある口調で言った。「オフィス中が彼女の謎のファンについて噂してますよ」

「俺の知ったことじゃない」と、俺は冷たく返した。

「本当ですか?」彼女は眉を上げた。「でも、彼女を追っているのはあなたのライバル、剛くんだと聞きましたけど」

俺のペンが止まった。

「これって、会社の機密保持に影響するかもしれませんよね?」美咲は続けた。「なにしろ、成実ちゃんは多くの重要情報にアクセスできますから。もし引き抜かれたり……ハニートラップにでもかかったりしたら……」

彼女の言葉は、俺の内心の恐怖を的確に突いていた。ビジネス上の漏洩の恐怖ではない。成実を失うことへの恐怖だ。

いや、有能な従業員を失うことへの恐怖だ。

「君の言う通りだ」俺はペンを置いた。「これは確かに問題だ」

美咲は満足げに微笑んだ。「分かってくれると思っていました。彼女の忠誠心を試してみるべきかもしれませんね?」

忠誠心を試す。

その考えが、俺の心に根を下ろした。

六時。オフィスには数人しか残っていなかった。

帰る準備をする成実を眺める。今日の彼女は特に嬉しそうで、少し髪を直したりもしている。

剛に会いに行くのか?

その考えが、再び胸に怒りを灯した。

俺は彼女のデスクへ歩み寄り、分厚い提案書をメモと共に置いた。

「今夜は残業。明朝までに修正済みの提案書を完成させること。これは君のプロとしての能力を試すテストだ。――高橋健太」

俺は自分のオフィスに戻り、ブラインド越しに彼女の反応をうかがった。

成実は固まり、メモを拾い上げて何度も読み返している。そして彼女の電話が鳴った――表情の変化からして、おそらくあの金髪のクソ野郎からの電話だろう。

葛藤する彼女の顔を見つめ、彼女が「ごめんなさい……残業しなくちゃいけなくて」と小声で言うのを聞き、俺の中に複雑な満足感が湧き上がった。

もし本当に剛に魅了されているなら、彼女はこの仕事を不満に思うだろう。もしプロとしての誠実さが残っているなら、忠実に残業するはずだ。

俺は、会社のためだ、他の理由は何もないと自分に言い聞かせた。断じて、彼女があの忌々しい剛に会うのが嫌だからではない。

オフィスを出た時、成実はまだそこに座り、目の前に提案書を広げていた。彼女のデスクにあるひまわりが、オフィスの照明の下でひどく眩しく見えた。

「まだいたのか?」俺はわざと冷たく尋ねた。

「今夜中に提案書を完成させろとおっしゃったじゃないですか?」彼女はメモを掲げ、その瞳には傷ついたような色が浮かんでいた。

俺の視線は、あの忌々しいひまわりに留まった。

「綺麗な花だな」俺は言ったが、一言一言が氷の塊から絞り出されているようだった。

「ありがとうございます」彼女は静かに答えた。

エレベーターに向かって歩き、ドアが閉まる直前に最後の一言を投げかけた。

「覚えておけ、成実。美しく見えるものが、毒になることもある」

エレベーターが下降する中、俺はこれが正しいことだと自分に言い聞かせた。俺は彼女を守っている、会社を守っている、剛の甘い欺瞞から俺たち全員を守っているのだと。

だが、胸の中の炎は、物事がそう単純ではないと告げていた。

くそっ、俺は何をしているんだ?

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