第3章

その夜は眠れなかった。目を閉じるといつも、美智の声が聞こえてくる。「あの子のM国人の娘なんて、A国人として生まれた東雲家の男の子たちほど大事にされるわけがないわ」

紗織は授乳のために二度目を覚ました。そのたびに、私は紗織の完璧な小さな顔を見つめ、これまで経験したことのない猛烈な庇護欲を感じた。この子はもっと良い扱いを受けるべきだ。

朝になる頃には、物事の見え方が変わり始めていた。まるでパズルのピースがカチリとはまるように、すべてが繋がったのだ。

二年前の私たちの結婚式を思い出す。事故の後、海翔の家族が私を受け入れてくれたことに、私はとても感謝していた。レストランの経営が苦しい中、私の両親は披露宴の費用を出すと言い張ってくれた。

カクテルタイムの最中、美智が海翔を脇に呼び寄せた。私にも聞こえるくらいの距離だった。

「まあ、少なくとも恵蓮のご家族が食事代を出してくれたわね。全部自分たちで払わなきゃいけないかと思って心配してたのよ」

その時は、ただ現実的なことを言っているだけだと思った。でも今ならわかる。あれは、私を家族に迎え入れるための対価だと見ていたのだ。

その同じ夜、彼女はバーで蓮司さんを捕まえていた。「可愛い坊や、あなたが結婚する時は、この人よりマシな相手を見つけなさいね。ちゃんとしたA国人の血筋の人を」

A国人の血筋。まるで私が家畜みたいじゃないか。

去年のクリスマスのことも思い出した。玲奈が蓮司と付き合い始めたばかりで、美智は彼女のことを褒めちぎっていた。

「あの骨格を見てごらんなさい。玲奈のお子さんなら、きっとものすごく綺麗になるわ。生まれつきの金髪は本当に写真映えがいいもの」

私がすぐそばに座って、妊娠中のお腹を抱えているまさにその前で、彼女はそう言ったのだ。

気まずい世間話だと思って聞き流してきた数々の言葉。あれは気まずいどころじゃない。意図的なものだったのだ。

紗織が朝の授乳で泣いた時、私はもう一つ別のことが気になっているのに気づいた。お金だ。最近、家計が苦しかったが、その理由がわからなかった。

海翔は消防士として、まずまずの収入がある。私には教師としての給料がある。裕福ではないけれど、不自由なく暮らせるはずだった。

紗織に授乳した後、私はノートパソコンを取り出して銀行口座にログインした。

そこに表示されたものを見て、胃がひっくり返るような思いがした。

蓮司への定期的な送金。75,000円、120,000円……過去六ヶ月で、合計600,000円近くになっていた。

さらに明細をスクロールしていく。蓮司の名前が何度も何度も出てくる。緊急の車の修理代。新しいアパートの敷金。クレジットカードの支払い。

だが最悪だったのは、貯蓄口座で見つけたものだ。

妊娠がわかってから、紗織のために私が築いてきた学資基金。給料からこつこつ貯めた30万円。それが消えていた。三週間前に送金されていた。

メモ欄には【東雲蓮司  一時的貸付】とあった。

震える手で探し続けると、先月の不動産業者からの請求書が見つかった。蓮司の新しいアパートの敷金。紗織の基金から消えたのとまったく同じ金額だった。

娘の将来の学費が、蓮司の家賃に使われていたのだ。

廊下で足音がして、私は慌ててノートパソコンを閉じた。海翔が階下のカフェで買ってきたコーヒーとペストリーを手に部屋に入ってきた。

「おはよう、お腹が空いてるかと思って」

「話があるの」

彼は心配そうな顔で私の隣に座った。「どうしたんだ?」

「銀行の明細を見たの」

彼の顔が青ざめた。「恵蓮.......」

「この半年で蓮司さんに60万円よ。それに紗織の学資基金もなくなってる」

「説明できる」彼は震える手でコーヒーを置いた。「蓮司が困ってたんだ。あいつは信用情報がボロボロで、助けがないとアパートの審査が通らなかった」

「それで私たちの娘から盗んだってこと?」

「盗んだんじゃない。貸しただけだ。ちゃんと返すって」

「いつ? 何のお金で? あの子、定職にさえ就いてないじゃない」

「ジムで働いてる。それに玲奈さんにはSNSの収入があるし」

私は彼をじっと見つめた。「玲奈さんのフォロワーは二千人よ。それは収入じゃなくて、趣味でしょ」

「なあ、悪く見えるのはわかる。でも家族は助け合うものだろ。蓮司だって俺たちのために同じことをしてくれる」

「してくれるかしら? 蓮司さんが私たちのために何かしてくれたことなんて、一度でもあった?」

海翔は髪を手でかき上げた。「あいつは俺の弟なんだ。見殺しにはできないだろう」

「じゃああなたの娘はどうなの? 失敗させてもいいっていうの?」

「紗織は赤ん坊だ。大学の金が必要になるのは十八年も先のことだろ」

「それで、来月また蓮司が緊急の融資を必要としたらどうするの? その次の月は?」

「もう二度とない」

その言葉は前にも聞いた。最初の融資の後。二回目の後。送金があるたびに、毎回。

「その約束、前回もしたわよね」

「今回は違う。これが最後だって彼に言ったんだ」

「本当に? それとも、ただお金を渡して、これが最後だと願っただけじゃないの?」

海翔は視線をそらした。「利子をつけて返すって約束したんだ」

「いつ?」

「すぐに」

「それは答えになってない」

彼は立ち上がって窓辺へ歩いて行った。「なんでそんなに難しくするんだ? ただの金じゃないか」

「私たちの娘の未来よ」

「あの子にはチャンスがいくらでもある。俺たち二人とも良い仕事に就いてるんだから」

「私たちには貯金があった。今はもうないけど」

「また貯め直せばいい」

「どうやって? あなたが蓮司さんにお金を恵み続けている間、私が残業して?」

海翔は顔を紅潮させて振り返った。「彼は家族なんだ、恵蓮。家族が最優先だ」

「紗織はどうなの? あの子も家族じゃないの?」

「もちろんだ」

「じゃあ、どうしてあの子の安全より蓮司さんの快適さの方が重要なの?」

「そういうことじゃない」

「じゃあ、どういうことなの?」

彼は長い間黙っていた。そして言った。「君にはわからないさ。君は一人っ子だから」

ちぇ.......一人っ子。まるでそのせいで、私には家族への忠誠心が理解できないとでも言うように。

「そうね」私はゆっくりと言った。「自分の弟の生活費のために、どうして自分の娘から盗めるのか、私には理解できないわ」

「生活費を工面してるんじゃない。あいつが自立するのを手伝ってるんだ」

「二年間も? 自立するのにどれだけ時間がかかるの?」

「かかるだけさ」

彼の声に含まれる確信に、私は恐怖を感じた。これは止まらない。永遠に。

二時間後、再びドアがノックされた。また美智さんだったが、今度は怒っているようだった。

「ちょっと話があるわ」彼女は招きもせずに部屋に入ってきた。

「何についてです?」

「あなたの態度についてよ。海翔から聞いたわ、あなたが家族の金銭的な決定に腹を立ててるって」

家族の金銭的な決定。私たちの、ではない。家族の。

「紗織の学資基金が、私の知らないうちに使い込まれていたことに腹を立てているんです」

「蓮司は助けが必要だったの。家族ってそういうものでしょ」

「紗織の必要性はどうなるんですか?」

「紗織は大丈夫よ。食事も服も、住む家もある。蓮司はホームレスになるところだったのよ」

「彼がお金の管理ができないからです」

「若いから、まだ学んでいる最中なの。間違いを犯したからって家族を見捨てるような人たちとは違うのよ、私たちは」

人たち。つまり、私のことだ。

「美智さん、紗織の口座にお金を返してほしいんです」

「それはあなたが決めることじゃないわ」

「私のお金です。私の給料から出た」

「結婚生活の中で稼いだお金は、家族に帰属するの。そしてこの家族には優先順位がある」

「紗織が優先です」

「蓮司は海翔の弟。血の繋がった家族よ。それが一番先」

血の繋がった家族。どうやら、紗織は違うらしい。

「両親に電話します」私は言った。「ここで何が起きているか、知ってもらう必要があります」

美智の表情が険しくなった。「私ならそんなことはしないわね」

「どうしてです?」

「もしあなたの両親を私たちの家族の問題に引き込んだら、海翔に選択を迫ることになる。彼の家族か、あなたか」

「私も彼の家族です」

「いいえ、可愛い子。あなたは彼の妻。妻は取り替えられる。母親や兄弟は取り替えられないのよ」

その脅しは、煙のように空気中に漂った。

「彼が私と離婚するとでも言うんですか?」

「海翔が家族より誰かを優先したことなんて一度もないって言ってるの。そして、今からそれが始まったりもしない」

彼女はドアに向かって歩き、そして振り返った。

「次にどうするか、よく考えなさい、恵蓮。あなたのM国人の娘には父親が必要よ。あなたのプライドのせいでそれを失うことになったら、可哀想だわ」

ドアは静かなクリック音を立てて彼女の後ろで閉まった。

私は紗織を抱きしめたまま、そこに座り込んでいた。心臓が激しく鼓動していた。彼女の言うことは正しいのだろうか? 海翔は本当に、私たちより彼らを選ぶのだろうか?

私はスマートフォンに目をやった。両親の電話番号は、いつでもかけられる状態だ。しかし、美智の言葉が頭の中でこだましていた。

もし両親に電話したら、本当に海翔に選択を迫ることになるのだろうか? もし彼が間違った選択をしたら?

もし私が黙っていられなかったせいで、紗織が父親のいない子に育ってしまったら?

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