第3章
午前2時47分。私はイタリア製の革張りの椅子に腰掛け、目の前には3台のスマホと一杯のブラックコーヒーが並んでいた。目に涙はなく――ただ、氷のように冷たい決意だけがあった。
「千堂奏斗が独立したビジネスネットワークを欲しがっているですって?」
私はデスクの上の写真――結城家の三世代にわたる肖像写真――を撫でた。
「本当のネットワークというものがどういうものか、私が教えてあげるわ」
最初の電話はCFOの前田里沙へ。
「前田さん、ただちに全ての関連口座における千堂奏斗の署名権限を凍結してちょうだい」
私の声は、天気の話でもするかのように穏やかだった。
「ええ、彼のカードもよ。今すぐ実行して」
二番目の電話は、銀行の取締役会会長である母へ。
「お母様、銀行に頼んで、千堂奏斗の個人口座をすべて凍結してほしいの」
電話の向こうから心配そうな声が返ってくる。
「いいえ、私は大丈夫。ただ……結婚生活は終わったの。私たちの資産を守らなくては」
電話を切った後、私は昨夜の千堂奏斗の勝ち誇ったような宣言を思い出していた。
「翔一は俺の子だ!」
その言葉が、ずっと頭の中で響いていた。
「和也、あの私立探偵に連絡するのを手伝って。東野晶と、その子供の翔一について調査してほしいの」
「何を調査するんだ?」
「すべてよ。彼女の婚姻状況、千堂奏斗との本当の関係」
私の口調は穏やかなままだった。
「私の家でままごと遊びをする度胸があるなら、私が相手にしているのがどういう人間なのか、正確に知る必要があるわ」
調査の手配を終えた後、私はオフィスで数時間を過ごし、千堂奏斗の「ビジネスパートナー」たち一人一人に、順を追って電話をかけていった。
地平線から夜が明け始める頃には、私は第一ラウンドの精密攻撃を完了していた。あとは、結果を待つだけだ。
午前8時30分、前田里沙から実行完了の報告が入った。その声には職業的な満足感が滲んでいる。
「結城さん、千堂奏斗の署名権限は全面的に取り消されました。彼のカードも凍結されています」
「彼は使おうとした?」
「すべて拒否されました。システムによれば、株式口座を確認した際に凍結に気づいたようです」
私は小さく笑った。千堂奏斗、あなたの悪夢はまだ始まったばかりよ。
午前10時15分、私の電話がひっきりなしに鳴り始めた。最初はショッピングモールの開発業者である小野拓海からだった。
「結城さん、ご指示通り、千堂不動産との提携を解消しました。先ほど彼から電話がありましたが、かなり動揺した様子でしたよ」
「彼はなんて言った?」
「あれは自分の顧客で、二年かけて関係を築いたんだと主張していました」
彼の声には嘲笑の色が帯びていた。
「すべての契約は結城家との繋がりがあったからこそ結ばれたのだと、彼に伝えてやりましたよ」
それから三十分の間に、私は同様の電話を三本受けた。都心商業地域の篠原佐子、西側商業センターの高橋嘉、そして千堂奏斗が自分の「独立した顧客」だと思い込んでいた他の数人のパートナーたちからだった。
「みんな驚いていたわ」
私は秘書の水上彩乃に言った。
「千堂奏斗は、本気でそれが自分の実力だと思い込んでいたのね」
午前11時30分、私は予定通りゴルフクラブのテラスレストランに到着した。佐々木さんと、二人の重要な不動産投資家はすでに待っていた。
「礼央さん、少しお疲れのようね」
佐々木さんが心配そうに尋ねた。
「ええ、ちょっと……個人的な用事を片付けていましたので」
私はシャンパンを軽く一口飲んだ。
「そういえば、皆様に知っておいていただきたいことがあるんです。千堂奏斗のことですけれど」
三人の女性は一斉に私に注目した。
「千堂不動産は……実は本当の顧客など一人もいなかったのです。四年間、収入はゼロ」
私の口調は、まるで昨日のテニスの試合について話すかのようだった。
「彼は……私の実家のコネを借りて、ビジネスをしている体裁を保っていただけだったと、ついさっき気づきまして」
佐々木さんはコーヒーカップを落としそうになった。
「つまり……彼は嘘をついていたってこと?」
「嘘だけじゃないわ」
私はシャンパンフルートを置き、その目に冷たい光を宿らせた。
「それに、私を裏切った」
昼食の後、私は車で都心へと戻った。携帯電話には十数件の不在着信が溜まっていた。彼の世界は、計画通りに崩壊しつつあった。
午後1時30分、車ディーラーのセールスマネージャーから確認の電話が入った。
「結城さん、車両の差し押さえが完了しました。千堂様は……非常に激しい反応で。カウンターに車のキーを叩きつけて、怒って出ていかれました」
「徒歩で?」
「はい。クレジットカードがすべて使えず、タクシーも呼べなかったようです」
愛車を失い、L市の路上を歩く千堂奏斗の姿を想像する。その光景に、私の心は少し晴れやかになった。
午後2時45分、ジムのマネージャーから千堂奏斗の会員資格を取り消したとの確認メールが届いた。レンタルオフィス運営会社のカスタマーサービスからも、千堂奏斗に共有オフィススペースからの退去を求めたと連絡があった。
最も愉快だったのは、水上彩乃からの電話だった。
「結城さん、先ほど千堂奏斗にメッセージをお伝えしました」
水上彩乃の声にはいたずらっぽい響きがあった。
「『70%は結城家のコネクションです』と聞いた時、彼の世界が崩壊する音が聞こえたような気がしました」
「彼の反応は?」
「最初は沈黙、それから怒って電話を切りました。これでようやく、自分がどれだけあなたに依存していたか理解したのではないでしょうか」
午後4時30分頃、私が書類を処理していると、見知らぬ番号から電話がかかってきた。明らかに泣きじゃくっている、東野晶の声だった。
「結城さん!お願い!奏斗のクレジットカードが全部凍結されちゃったの!翔一の学費が払えないのよ!」
「あら?」
私の口調は天気の話でもするかのように穏やかだった。
「それはお気の毒に。でも、私には関係のないことだわ」
「でも翔一は無関係よ!ただの子供なの!」
千堂奏斗に頼まず、私に「翔一の学費」を懇願する彼女の言葉を聞いて、私の心にわずかな疑念が芽生えた。
「その通りよ、東野さん。翔一くんは確かに無関係だわ」
私は一呼吸おいた。
「でも、彼は千堂奏斗の子供なんでしょう?彼に頼むべきじゃないかしら」
電話の向こうから嗚咽が聞こえてきた。私の心の中の疑念は消えなかった。
午後5時、私立探偵から最初の報告の電話が入った。
「結城さん、予備調査で非常に興味深いことが分かりました。東野晶は、元夫の東野正俊と正式に離婚していませんでした。法律上、彼らはまだ夫婦です」
「調査を続けて。確固たる証拠が欲しいわ」
「もう一つあります、結城さん。千堂奏斗と東野晶が再会したのは一年半前――ちょうど千堂奏斗が会社の資金を横領し始めた時期と一致します。タイミングが少々、出来過ぎているかと」
私は一瞬、黙り込んだ。千堂奏斗が資金を横領し始めたのは、東野晶が再び現れた時。離婚したと主張しながら法的にはまだ既婚者で、子供を連れた女が、私の夫に近づいてきた。
そして、虚栄心が強く、誰かに必要とされたがっているあの男、千堂奏斗――彼はどう反応するだろうか?答えはすでに出ていた。
だが、私が本当に興味をそそられたのは――このゲームで、本当に誰が誰を操っているのか、ということだった。
午後8時20分、私は千堂奏斗をブロックしていたが、法務チームが彼からのメッセージを転送してきた。
【礼央、こんなことしていいわけがない!俺たちには四年の結婚生活があったんだぞ!俺が過ちを犯したのは分かっている、だがこんな風に俺の人生を破壊するのはやりすぎだ!あのクライアントは俺のだ!俺が築いた関係なんだ!お前にそんな権利は……】
その必死な言葉を見ても、私の心は何も感じなかった。千堂奏斗、ようやく現実を味わっているのね。
午後10時45分、マンションのセキュリティマネージャーから電話があった。
「結城さん、ご依頼通り鍵を交換いたしました。先ほど千堂様がお見えになり、鍵が合わないことに気づかれ、しばらく廊下に座り込んでおられました。法的通知書はドアに貼付済みです」
「彼は今どこに?」
「10分ほど前に立ち去られました。見たところ……非常に打ちひしがれている様子でした」
深夜近く、私はオフィスで今日の結果を振り返っていた。たった一日で、千堂奏斗はすべての銀行口座とクレジットカード、五つの「クライアント」契約、車、ジムと共有オフィスの会員資格、ゴルフクラブの利用権を失った。東野晶でさえ、今や彼ではなく私に泣きついている。
私の唇に、冷たい笑みが浮かんだ。
「四年間、私はあなたに結城家が持つすべてを与えてきた。今度は、それをすべて失うということがどういうことか、教えてあげるわ」
私はワイングラスを掲げ、空に向かって乾杯した。
「ゲーム開始よ、千堂奏斗」
