第10章
この熱は、ただの生理的な欲求からくるものじゃない。
誰かに、性衝動を煽る春薬を盛られた――そうとしか思えなかった。
犯人は誰だ?
宮沢詩音か?
今の彼女の表情は、俺を引き裂きたいと言わんばかりだ。……違うだろう。
じゃあ、誰だ。
――思い出した。お婆さんだ。
お婆さんと夜食を取っていたとき、白原さんが牛乳を一杯持ってきた。
お婆さんはそれをくん、と嗅いだだけで「飲みたくない」と言い、次の瞬間には俺の手に押しつけてきた。
『全部飲みなさい』
逆らえるはずがない。俺はグラスをあおり、大きな一杯を一息に腹へ流し込んだ。
そのときだ。お婆さんと白原さんが、ほんの短く目を交わしたのを覚えている。
――あの牛乳だ。俺の体内で暴れている、この発情の薬。
お婆さんは言っていた。今夜、宮沢詩音と子どもを作れ、と。
俺は、お婆さんに人生を決められるのが嫌いだ。
それでも、この衝動を抑え込めない。体が、今すぐどこかに出口を求めている。
しかも最悪なことに、そのタイミングで宮沢詩音が腕の中でもがく。
薬に呑まれかけた俺には、彼女の抵抗の全部が「拒んでいるふりの誘い」にしか見えなかった。
「森原覚、放して……早く放して!」
宮沢詩音の顔が、視界の中で揺れる。
意識が少し乱れていたからこそ、今さら気づく――宮沢詩音は、綺麗だ。
白い肌。整った顔立ち。
とりわけ、潤んだ大きな瞳。底が見えないほど深くて、目を逸らせなくなる。
言葉を吐くたび、赤い唇がわずかに開く。
――キスしたい。堪えられない。
怒った顔なんて、今まで見たことがなかった。
なのに、今日のこの表情が……どうしてこんなに目を奪う。
もう無理だった。
俺は彼女を寝室の壁へ押しつけ、体重をかけて逃げ道を塞ぐ。細い腰を掴み、冷えた声を落とした。
「さっき俺のこと、卑怯だって罵ったよな。だったら見せてやる。卑怯な俺を」
言い終える前に、唇を奪った。
夜食の名残と、牛乳のかすかな甘い香り。
舌をねじ込んだ瞬間、全身がびりっと痺れた。
攻めるキスを深めながら、手は止めない。ボタンを乱暴に外し、片手でブラのホックを解く。
ひやりとした指で、胸を鷲掴みにした。
宮沢詩音の顔が、一気に赤く染まる。
俺はさらに口づけを重ね、指先で乳首を摘まむ。少し力を込めた途端――
「んっ……」
堪えきれない小さな喘ぎが漏れた。
――その声だ。
触れただけで、魂まで溶かされるみたいな声。
動くほど、最初は拒んでいた宮沢詩音の体が、少しずつ柔らかくなっていく。
俺はその隙を逃さず、舌で口内を蹂躙した。
キスには自信がある。
宮沢詩音の意識は、じわじわとほどけていった。
力を失った体が、骨でも抜けたみたいに俺へ凭れかかる。
それを感じた瞬間、口元に笑みが浮かぶ。
女を堕とす感覚が、男にどれほどの達成感をくれるか――誰にもわからない。
俺は彼女を抱き上げ、大きなベッドへ運んだ。
たった数歩の間も、唇は遊ばせない。首筋を辿って胸元へ落とし、淡い紅が見えた途端、我慢できず吸いついた。
歯が触れると、宮沢詩音の腰がびくん、と跳ねる。
――その瞬間。
彼女が急に我に返ったように、俺の頭を抱えて押し返してきた。
「森原覚、放して!」
「私たち、離婚するのに……こんなの駄目!」
「放して! じゃないと人を呼ぶから!」
思わず、くっと笑いが漏れた。
ここは森原の本家だ。呼ぶ? 誰を?
今夜の俺がこうなっている理由が、お婆さんの薬入りの牛乳だと知ったら――それでも叫べるのか。
俺は唇を吊り上げ、彼女をベッドへ押し倒す。
「呼べばいい。好きなだけ叫べ」
「お婆さんに聞かれて平気ならな」
宮沢詩音の喉が詰まったように止まる。
案の定だ。本家の人間に、今の状況を知られる勇気なんてない。
その隙に、俺は彼女の服を一気に剥ぎ取った。
あっという間に、白い体が晒される。雪みたいに眩しい。
矢がつがえられたみたいな焦燥が、全身を締めつける。
それでも一瞬だけ、理性が戻った。
――ここには、避妊具がない。
離婚するのに、子どもなんて望まない。
だが、その冷静さはすぐ薬に喰われた。
下腹の熱がどろりと溢れ、もう止まれない。
宮沢詩音の甘い喘ぎの中、俺は乱暴に押し入った。
彼女が短く息を呑む。
俺は獣みたいに貪り、何度も何度も求めた。
お婆さんの薬のせいだろう。今夜の俺は異常なくらい衝動的だった。
ベッドで、床で、そして窓辺で。
とくに窓辺に押しつけ、容赦なく突き上げるあの感覚――たまらなく好きだった。
俺の昂りが高いせいか、宮沢詩音も熱に呑まれていく。
俺の腰に腕を回し、瞳を半分閉じたまま、何度も受け止めてくる。
夜はやけに長く感じた。
俺は底なしみたいに動き続け――気づけば、4時間近くが過ぎていた。
ようやく解放すると、宮沢詩音は全身の力を使い果たし、俺の腕の中で小さく丸まった。
子猫みたいに、か弱く。
その姿を見た瞬間、胸の奥にふっと情が差す。
……宮沢詩音と、離婚しなくてもいいのかもしれない。
彼女は空気が読めて、引き際も知っている。お婆さんにも孝行で、なにより善良だ。
そして――ベッドの上では、俺を満たしてくれる。
