第3章
ケナ・ヘイズの視点
彼女はスマートフォンをこちらに向けた。そこには、メイソンとあの女が映っていた。タイトルはこうだ。『コンサート キスカム 失敗😂 なんでこんなに気まずいの?』
コメントは全部、からかうようなものばかりだった。「男の方、明らかにキスしたくなさそうで草」「史上最高に気まずいカップル」「見てるこっちが恥ずかしくなるわ、マジで」
彼らは何も知らない。ただ面白いと思っているだけ。
「まだ彼だってことはバレてない」ソフィーが静かに言った。
「まだ、ね」リリーが付け加える。
私は画面を睨みつけた。みんなに知ってほしい? 彼が晒し者にされることを望んでいる?
心のどこかでは、そう思っていた。全世界に、彼がしたことを見てほしかった。この気持ちのほんの欠片でも、彼に味わってほしかった。
でも、別の部分では、ただ消えてしまいたかった。こんなこと、最初からなかったことにしたかった。
「何か言うべきかな?」ソフィーが慎重に尋ねた。「彼を晒す?」
「わからない」自分の声が、どこか遠くから聞こえるようだった。「みんなに知ってほしい気もする。でも、彼の存在なんて忘れてしまいたい気もする」
「少し待とう」マヤがコメントをスクロールしながら言った。「真実は自然と明らかになるものよ」
沈黙。そのとき、リリーのスマートフォンが鳴った。そしてマヤの。ソフィーのも。一斉に。
三人は顔を見合わせた。
「何?」と私は訊いた。
リリーがスマートフォンを開き、目を見開いた。「えっと……ケナ。誰か気づいたみたい」
「何に?」
彼女は私に画面を見せた。同じティックトックの動画。でも、コメント欄の様子が今は違っていた。五分前についた最新のコメント。「待って、これ国立大学のメイソン・リーブスじゃん! 彼には彼女がいる!」
心臓が止まった。
次のコメント。「うそ、私、彼の彼女知ってる! すっごくいい子なのに。これはひどい!」
また別のコメント。「今、彼のインスタ見てきた。文字通り三日前に彼女との写真投稿してるじゃん。なんてクズ男」
「来てる……」マヤが画面を更新しながら囁いた。「七千、一万、一万五千」
息ができなかった。数字はどんどん増えていく。二万。三万。コメントは、私が読むより速いスピードで殺到していた。
「金髪の子はエヴリン・カーター。同じ大学の子だ。泥棒猫注意報!」
「面白い動画から一気にダークな展開になったな」
「誰か彼の彼女の様子見てあげて。かわいそうに」
私のスマートフォンが、ノンストップで震え始めた。インスタグラムの通知。知らない番号からのショートメッセージ。フェイスブックのメッセージ。
「ケナ、これ見て」ソフィーがノートパソコンを開いていた。「大学の掲示板」
彼女が画面を向ける。トップページはメイソンに関する投稿で埋め尽くされていた。ここ二十分で立てられたスレッドが、少なくとも六つはある。
「暴露 メイソン・リーブス、コンサートで浮気現場を撮られる――彼女も目撃した可能性」
「これマジ??? メイソンとエヴリン???」
「あの二人が怪しいってずっと思ってた!」
私は最初のスレッドをクリックした。すでに三百件の返信がついている。メイソンのインスタグラムやエヴリンのインスタグラムからのスクリーンショットが貼られ、日付や場所が比較されている。先週、二人が図書館にいたという写真を見つけた者もいた。一ヶ月前に映画館から出てくるところを見た、という者も。
一ヶ月前。彼は私に愛してると言っていた頃。春休みの計画を立てていた頃。
「みんな、ケナの味方だよ。見て」リリーが強い口調で言った。
彼女の言う通りだった。投稿は次から次へと私を擁護するものばかり。「かわいそうなケナ、彼女にはもっといい人がいる」「メイソンはクズ」「前からうさんくさいと思ってた」「ケナはマジで最高にいい子なのに、これはひどすぎる」
私のスマートフォンは鳴りやまない。授業が一緒の友達、サークルの人たち、ほとんど知らない人たちまで、みんなが大丈夫かと訊いてくる。
「電源、切りなよ」ソフィーが優しく言った。「今はそんなの見なくていい」
でも、目が離せなかった。いいねは五万件。ハッシュタグ「#コンサート浮気」がトレンド入りしている。大学のインスタグラムアカウントが次々と転載している。
証拠は至る所にあった。誰もが見ることができ、決して消えることはない。
これが、私の望んだこと? もう、自分でもわからない。
「メイソン、インスタで必死に弁解しようとしてるみたい」マヤが言った。「でも、あんたには連絡つかないでしょ」
「それでいい。あいつの言うことなんて、何も聞きたくない」
「ケナ」ソフィーが私に向き直り、両手を私の肩に置いた。「女王様みたいに堂々としてる。本当に誇りに思うわ」
「女王様だなんて気分じゃない。どっちかっていうと――」
私のスマートフォンが鳴った。非通知番号。私は着信を拒否した。
すると、スマートフォンが光った。非通知番号からのメッセージ。「ケナ、お願いだ。今、外にいる。五分だけでいいから降りてきて。説明させてくれ。頼むから」
また別のメッセージ。「今、俺のこと憎んでると思うけど、誤解なんだ。お願いだ」
さらに別のメッセージ。「話してくれるまで帰らない。必要なら一晩中でも待つ」
ソフィーが私を見た。「大学の警備に連絡する?」
私はメッセージを睨みつけた。彼が外にいる。今、この瞬間に。待っている。
「ううん」自分の口から言葉が漏れた。「待たせておけばいい」
「よしっ」マヤが拳を握った。「外で凍えさせてやればいいのよ」
でも、そう口にしながらも、友達が周りにいてくれても、彼が下にいる気配を感じていた。
あなたにそんな権利はない。私の心を壊しておいて、今さら言い訳を聞けなんて。
私は毛布をさらにきつく引き寄せた。
「下には行かない」私は静かに言った。「今夜も。これからも、絶対に」
リリーが私の手を握った。「それでこそケナだよ」
私のスマートフォンは光り続けていた。メッセージが、次々と。
もう、終わり。
どうして、もう放っておいてくれないの?
