第56章 口紅がどうして消えたのか

安田美香はまつげを震わせながら目を開けると、藤原時の瞳に浮かぶ戯れの色に気づいた。

藤原瑾は純粋で優しい子だった。彼女はその少女にそんな風に思われたくなかった。

彼女は立ち上がってドレスを軽く整えると、藤原瑾が南崎陽を連れて駆けつけてくるのが見えた。

藤原時は立ち上がり、相変わらず風のように澄み渡った様子で「何でもない。胃の調子が少し悪いだけだ。いつもの持病だ」と言った。

藤原瑾は大きく息を吐き「さっきはびっくりしましたよ。おじさまのその年齢で何か問題があったらと心配で」と言った。

「……」

彼は彼女を横目で一瞥し、階段を下りていった。

藤原瑾は男の冷たい視線を無視し、安田美香...

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