第3章
「……こういう話は、君がもっと回復してからにした方がいいのかもしれない」譲司は苦しそうに言った。「今は、休むべきだ」
「うん」私は素直に頷き、自分の部屋に戻ろうとした。
数歩歩いたところで、ふと足を止めて振り返ると、譲司はまだそこに座っていた。彼は私がさっきまで座っていた場所をぼんやりと見つめていて、その瞳には何とも言えない孤独が宿っていた。
「譲司?」私はそっと呼びかけた。
「ん?」彼ははっと我に返った。
「ありがとう」私の声は静かだったが、今までにないほどの誠実さがこもっていた。「前の私がどんな人間だったとしても、今の私は……あなたの気遣いに、とても感謝してる」
その言葉は、彼の心の深い部分に触れたようだった。譲司の眼差しが、瞬時に和らぐ。「麗華……」
「どうしたの?」私は心配そうな表情を浮かべた。
譲司は私を見つめ、その瞳に激しい葛藤がよぎった。やがて、彼は堪えきれないといった様子で口を開いた。「昔の君は……とても強くて、自立していた。誰の保護も必要としなかった。でも、今の君は……」
彼は言葉を切り、とても優しい声になった。「守ってあげたくなる」
そう言った後、彼の瞳には愛おしさと、切なさと、そして深い愛情が入り混じった複雑な感情が煌めいた。
その眼差しを、私は確かに捉えた。心臓がどきりと大きく跳ねる。
あの眼差しは……本物だ。
部屋に戻り、ベッドに横になっても、しばらく眠れなかった。譲司の言葉が頭の中で何度も響く――「守ってあげたくなる」。
だめよ、麗華、あの人に惑わされてどうするの!
私は力任せに頭を振り、自分の置かれた状況を思い出す。隼人は私を裏切り、純子は私を売り、そして譲司は……隼人が前に押し出してきた、ただの駒に過ぎない。
でも、あの瞳は……。
まあいい。どうせ演じるなら、最後まで演じきってやる。
譲司の家で暮らし始めて三日目、私は「記憶喪失のか弱い子羊」を演じる神髄を完全にマスターしていた。
毎朝コーヒーメーカーの使い方がわからないふりをすれば、譲司が自らコーヒーを淹れてくれる。ニュースでボクシングの試合が映れば、「怖がって」彼の腕の中に隠れ、彼はすぐにチャンネルを変えてくれる。どの服が似合うか「相談」したりもした……。
譲司の世話はますますきめ細やかになり、一方で私は、彼に守られる感覚を心地よく感じ始めている自分に気づいていた。
いけない、麗華、何を考えているの。
そんな思いも、今日の午後の電話一本で、心の中の怒りに完全に火が付くまでだった。
「今夜のチャリティーガラ、準備はいいか?」譲司の電話から隼人の声が聞こえてきた。
リビングでリモコンの使い方を「教わって」いた私は、その声を聞いてすぐに聞き耳を立てた。
「隼人、麗華を連れて行くのは、適切かどうか……」譲司の声には、ためらいが滲んでいた。
「何が不適切なんだ?」隼人は鼻で笑った。「どうせ何も覚えていないんだ。子供に社会勉強でもさせるつもりで連れて行けばいい。記憶喪失の元カノまで気にかける、愛情深い松永隼人の姿を皆に見せるには、ちょうどいいタイミングだ」
元カノ?!
私はリモコンを握りつぶしそうになった。
「それに……」隼人の声が弾む。「純子も連れて行く。俺の隣に立つにふさわしい女が誰なのか、皆に知らしめる時が来たんだ」
純子!私を裏切ったあの女!
私はテレビに集中しているふりを続けたが、心の中では怒りが爆発していた。隼人は純子を連れて、チャリティーガラで公式にお披露目するつもりなのか?皆の前で二人の関係を発表する?私がまだ「記憶喪失」の間に?
「それは、まずいんじゃないか……」譲司はまだためらっている。
「言ったでしょ、あいつには何も覚えていないから」隼人は苛立ったように言った。「譲司、まさか本気であいつに惚れたんじゃないだろうな?言っておくが、あいつがお前のところにいるのは一時的なんだぞ」
譲司が息を呑むのが聞こえた。「自分の立場はわきまえている」
「ならいい。今夜八時、鳳城グランドホテルだ。いいか、あいつは記憶喪失の患者なんだからな、恥をかかせるなよ」
電話が切れた後、譲司は長い間、黙ってそこに立っていた。
そして私は、心の中ですでに今夜の完璧な復讐計画を練り上げていた。
隼人、純子、チャリティーガラで愛を見せつけたいですって?
どちらの演技が上手か、見せてもらいましょう!
「譲司?」私は不思議そうな顔で振り返った。「今の電話、隼人?何かチャリティーガラって言ってたけど……」
譲司は我に返り、私の隣に腰を下ろした。「ああ、今夜チャリティーイベントがあるんだ。君にも一緒に行ってほしい」
「ほんと?」私は嬉しそうな表情を作った。「綺麗なドレス、着てもいい?」
私の無邪気な笑顔を見て、譲司の瞳に複雑な感情がよぎった。「もちろんさ」
「隼人も来るの?」私は何気なく尋ねた。
「ああ、来る」譲司の声は少し硬かった。「でも麗華、もし何か不快なものを見ても……」
「不快なものって?」私は無垢な大きな瞳をぱちくりさせた。
譲司はためらった。「いや、何でもない。ただ、今夜は俺が一緒にいるってことだけ、覚えておいてくれ」
私は素直に頷いたが、心の中では冷たく笑っていた。隼人、純子、今夜はとびきりのショーを見せてあげるわ。
