第2章
「ベラ」
隣に座る男が心配そうに私を覗き込む。
「大丈夫か?」
私は無理やり笑顔を作った。
「平気よ、兄さん」
私には三人の兄がいる。長兄のゲラーは、私より十歳年上だ。
ゲラーは幼い頃から後継者として育てられた。容姿も能力も傑出しており、その才覚は多くの名家の跡取りたちを凌駕していた。五年前のあの日、一族が滅び、彼の婚約者もまた裏切り者の一人だったことを知って以来、兄さんが笑うことは少なくなった。
私が寄りかかると、兄さんは痛ましげに私を抱き寄せた。
「あんな男のために傷つく価値はない。お前の正体が公になれば、どんな男だって選び放題だ。好きなだけ選べばいい」
私は兄さんの背中を軽く叩き、その冗談に乗った。
「そうね、毎日一人ずつ取り替えて、ルカを憤死させてやるわ」
ポケットの中で携帯が震えた。画面に表示されたルカの名前を見て、私は着信を拒否し、ブラックリストに入れた。
携帯をしまう直前、ルカからのメッセージが目に入った。
『あの男は誰だ?!!!』
翌日、ルカからの送金通知が届いた。
朝の九時から十分おきに、彼は100万ずつ振り込んでくる。そして、メッセージが添えられていた。
『昨夜、お前を連れ去った男は誰だ?』
『答えろ!』
『着信拒否だと?』
『ベラ! まだ正式に離婚は成立していないんだぞ。裏切るつもりなら、どうなるか分かっているな!』
ルカがこれほど暇だとは思わなかった。今はエミア・ガンビーノとの時間を楽しんでいるはずではないのか?
愛する人を腕に抱いて、私のことなど思い出しもしないほど幸せなのではないのか?
十五件の送金通知の後、反応がないことに諦めたかと思いきや、彼は送金を続けた。
さらに3600万を受け取ったところで、ようやく携帯は静かになった。
ルカがこれほど怒るとは、予想外だった。
兄さんに迎えられた後、私はひとまず兄さんのマンションに滞在することになった。夕方、ドアがノックされ、開けると水滴のついた鮮やかな薔薇の花束が目に飛び込んできた。
私は口元を綻ばせ、花束を持った男を見た。
「二番目の兄さん!」
「愛しのベラ!」
次兄のボーニンが熱烈なハグをしてくれた。
「出張に行ってたんだ。飛行機を降りてすぐに飛んできたよ! ゲラー兄さんと一緒に迎えに行けなくて怒ってないかい?」
私は笑って首を振る。
「もちろん!」
次兄ボーニンの性格は長兄とは正反対だ。明るく陽気で、賑やかなことが大好き。かつての彼の夢は、一生遊んで暮らし、パパとママと兄さんに養ってもらうことだった。
今、ボーニンは弁護士となり、その巧みな話術と社交性で強大な人脈を築き、裏社会と表社会を行き来している。笑顔は輝いているが、その眉間には微かな疲労が滲んでいた。
「着替えておいで。クルーザーで夜景を見ながらディナーといこう!」
「一番目の兄さんは?」
「あの人は今や仕事の鬼だ。十時まで残業しないと気が済まないのさ。放っておこう。花火を用意したんだ、子供の頃、大好きだっただろう?」
兄さんが私を元気づけようとしてくれているのが分かり、私はその好意に甘えることにした。花火を見たらすぐに戻って、兄さんを休ませてあげよう。
新港市は地中海に位置し、島の上に築かれた新しい都市だ。外周の四分の一は埋め立て地で、政府は観光業に力を入れている。西海岸には多くのプライベートクルーザーやヨットが停泊し、美しい景観を作り出している。
潮の香りを孕んだ夜風がテラス席に吹き抜ける。ロブスターのパスタを食べながら顔を上げると、向かいに座るボーニン兄さんが頬杖をつき、目を細めて私を見ていた。
「兄さん、ニヤニヤしてないで早く食べてよ」
「はいはい。やっぱりベラは優しいなぁ」
口ではそう言いながらも、兄さんの眼差しは切なく、同時に安堵に満ちていた。
きっとこの数年のことを思っているのだろう。両親が死に、私たち四兄妹は逃亡を余儀なくされた。追っ手に追い詰められ、離れ離れになるしかなかった絶望的な日々。そして今、ようやく四人が再会を果たそうとしている。兄さんが感慨深くなるのも無理はない。
「そろそろ時間だ!」
ボーニン兄さんが腕時計を確認し、指を鳴らした。
前方の夜空に突然、黄金色の花火が炸裂し、数千の銀色の星となって海面へと降り注ぐ。
「わぁ……」
私は空を見上げた。次々と花火が打ち上がり、大輪の花を咲かせては、兄さんの笑みを含んだ瞳に映り込む。
鼻の奥がツンとした。
「ありがとう、兄さん」
「何で泣くんだよ」
兄さんが慌てて私の顔を包み込み、涙を拭ってくれる。その時、背後から聞き覚えのある男の声が、怒りを押し殺したように響いた。
「ベラ! クソッ、何をしているんだ?」
振り返ると、一隻のクルーザーが近づいてきていた。船首に立つルカは、シャツのボタンをいくつか外し、風に煽られた襟元から胸元を覗かせている。その腕にはエミアが絡みつき、米色のロングドレスにルカの上着を羽織っていた。
ルカは眉間に深い皺を刻み、冷え切った目で私と兄さんを品定めした。
「そいつは誰だ?」
兄さんが何か言いかけたが、私は首を横に振って制した。ルカの手にはもう結婚指輪がない。私は冷ややかに言い返した。
「誰であろうと、あなたには関係ないでしょう?」
「昨夜の男とは違うな」
ルカは冷静を装っているが、その全身から滲み出る殺気は隠しきれていない。
「こんなに早く新しい男を見つけるとはな。見くびっていたよ!」
「あなたほどじゃないわ」
私はチラリとエミアを見た。
エミアは可哀想で無力な女を演じ、ルカの腕を引いた。
「私たち、お邪魔だったかしら?」
ボーニン兄さんが一歩前に出て私を庇い、皮肉たっぷりに言った。
「全くだ。邪魔だよ」
ルカは獲物に挑発された獅子のように、冷たく兄さんを見据えた。
「名を名乗れ。言えないわけじゃないだろうな?」
「ボーニンだ。弁護士をしている」
兄さんは余裕を持って答えた。
ルカは何かに思い当たったようだった。
「『クイーン法律事務所』か?」
兄さんは頷く。「その通り」
昨年、兄さんは新港市に法律事務所を開設し、いくつかの難解な訴訟を勝ち抜いて名声を博した。ルカが兄さんをスカウトしたがっていたことは知っているが、兄さんは私との関係を知っているため、意地でもルカに会おうとしなかったのだ。
ここで鉢合わせるとは。ルカが勘繰るかもしれない。
案の定、ルカは私を見て、その瞳を暗く濁らせた。
「たかが弁護士風情が。その気になれば、お前の事務所などいつでも潰せるんだぞ」
ルカが私を庇う兄さんの態度を気に入らないのは明白だった。
私もまた、兄さんを脅す彼の口調が許せなかった。口を開こうとした瞬間、兄さんが先に言った。
「俺の事務所が潰れるなら、お前の経営するカジノリゾートも営業停止になるだろうな」
カジノリゾートはルカが今年最も力を入れている新規事業で、莫大な利益を生んでいるが、裏ではグレーな取引も多い。兄さんの言葉は、真っ向からの宣戦布告に等しかった。
「ルカ、もう帰りましょうよ」
しばらく無視され、冷たい風に吹かれ続けていたエミアは機嫌を損ねていた。
「まだあの女に未練があるなら、一人でそこで突っ立っていればいいわ」
「未練などない!」
ルカは反射的に否定した。
彼がエミアを追いかけようとした時、私は声を張り上げた。
「ルカ!」
彼は躊躇いがちに足を止める。
私は指から結婚指輪を外した。
「昨日忘れてたわ。返す」
力一杯投げつける。ルカは一歩踏み出し、指輪を受け止めようとしたようだった。だが、指輪はあまりに軽く、船縁を越え、満天の花火に照らされながら儚い光の弧を描き、「ポチャン」と海へと消えた。
