第2章
ミラ視点
長身の影が、まるで自分の庭であるかのように煙の中を歩いてくる。その足取りは落ち着き払い、少しも急いでいない。彼の声は、混沌を切り裂くように鮮明に響いた。
「狙う家族が違う。女もだ」
黒の戦闘服に身を包んだ十人の男たちが影から姿を現す。幾度となく繰り返してきたかのような動きで、彼らは散開し、あらゆる隅、あらゆる出口を固めた。トニーの残りの部下たちが凍りつく。銃を中途半端に構えたまま、身動きが取れない。
トニーは私に銃口を向け、銃身をこめかみに突きつける。その手は震えていた。「寄るな!こいつの頭を吹っ飛ばすぞ!」
その男は歩みを緩めさえしない。ただ片手を上げる。たった一度の合図。
どこか外から乾いた銃声が響いた。トニーの銃が宙を舞い、コンクリートの上を滑っていく。彼は悲鳴を上げ、砕かれた手を掴んだ。
「やめろ!頼む!ヴァレンティノにやらされたんだ!俺たちは命令に従っただけだ!」
トニーは膝から崩れ落ちる。今や、ただの命乞いだ。
その男はトニーの前にたどり着き、無様な姿を見下ろす。炎の光が彼の顔を照らし出した。鋭い顔立ち。左の眉を分断する傷跡。すべてを見透かすような灰緑色の目。
彼の声は低いまま、落ち着いている。それがかえって恐ろしい。「俺が守るべきものに、誰も触れるな」
パンッ。
銃声がこだまする。トニーの体が一度だけ痙攣し、動かなくなる。彼の体の下から血だまりが広がっていく。
息が詰まる。世界がぐらりと傾く。一つの悪夢が終わり、また別の悪夢が始まる。これが私の死に方?すべてを乗り越えてきたのに?
その男は銃についた血を振り払う。あの灰緑色の目が私の顔をなめるように見つめ、痣や切れた唇の上で留まる。彼の表情に何かがよぎる。顎のラインが引き締まった。
彼がこちらへ歩いてくる。炎が逆光となり、彼を完全な影に変える。黒いコートを纏った死神。
心臓が肋骨を突き破りそうだ。本能のすべてが逃げろと叫んでいる。でも、足首にはまだロープが食い込んでいる。どこにも行けない。
彼は椅子の前で立ち止まる。コートの内側に手を入れた。
ナイフ。刃が炎の光を反射した。
瞳孔が収縮する。全身の筋肉がこわばった。
彼は屈み込み、ナイフを近づけてくる。彼の声はさらに低くなる。ほとんど、優しいとさえ言えるほどに。「少し痛むかもしれない」
「お願い、殺さないで!」言葉が喉からほとばしり出る。「何でもするから!あなたの望むことなら何でも!」
刃が手首のロープを断ち切る。圧迫感から解放された。次に彼は足首に移り、そちらも切り離した。
私は彼を見つめる。一体、何が起こっているの?
彼は立ち上がり、部下の二人に合図を送る。「彼女をここから出せ。丁重にだ」
黒服の男が二人、私に近づいてくる。
胸の中でパニックが爆発する。連れていかれる。売られるんだ。前と同じように。鉄の檻。暗闇。嫌、嫌、嫌。
私は前へ飛び出す。ろくに動かない足でもつれながら。その手で彼のコートを鷲掴みにする。握りしめた下で生地がくしゃりと寄った。
「私、役に立てるから」声が裏返る。「料理も掃除も、あなたが必要なことなら何でもする。だから、お願い、私を売らないで!まだ、十分に生きてないの!」
涙で何もかもが滲む。「やりたいことが、たくさんあるの。海が見たいし、それに……」声が途切れる。「お願い」
彼の体が硬直する。あの灰緑色の目が、私の目を捉えて離さない。まるで、そこにあってはならないものを見るかのように、彼は私を凝視した。
私はさらにきつく掴む。指の関節が白くなる。切れた唇から血が滴り、彼のコートに落ちる。黒い生地の上に、黒い染みができた。きっと出血で唇は青ざめているだろう。部屋が回り続けて止まらない。
彼の声は、前よりもっと掠れていた。「殺しはしない」
私は顔を上げる。目は腫れて赤くなっている。「じゃあ、何が望みなの?誰もが何かを欲しがるものでしょう」
彼は答えない。ただ、あまりにも多くを見通すあの目で、私を見つめている。
私は震える息を吸い込む。そして、私に残された唯一の選択をする。
「だったら、私を使って。あの人たちより、あなたの方がいい」私はごくりと唾を飲み込む。「少なくともあなたは、人を傷つけるのが好きなようには見えないから」
私はつま先立ちになる。目を閉じる。そして、彼の唇に自分の唇を重ねた。
不器用で、必死なキス。テクニックなんてない、ただ純粋な生存本能だけの行為。
彼は凍りつく。心臓が何度か鼓動する間、私たちはどちらも動かなかった。
やがて、彼の手が私の肩を掴む。力強いけれど、痛くはない。彼は優しく私を押し返した。
彼の声が低くなる。その奥に何か張り詰めたものが感じられた。「自分が何をしているのか、分かっていない」
私は手の甲で涙を拭う。声を震わせないように努めた。「自分が何をしているか、ちゃんと分かってる。どうやって生き延びるか、自分で選んでいるの」
彼は私を見つめる。読み取れない何かが彼の顔をよぎった。そして彼は片手を上げた。
黒服の十人の男たちが、幽霊のように後退する。彼らの足音は遠ざかり、重い扉がうめき声を上げて閉まった。
静寂。ただ、炎のはぜる音と、私たちの呼吸音だけ。
彼は私に向き直る。その声は、どこか危険な響きを帯びていた。「どうしてもと言うなら、止めはしない。だが、自分が何を求めているのか、理解する必要がある」
私は頷く。胸の中で、恐怖と決意がせめぎ合っていた。「分かってる。子供じゃない」
彼は一歩近づく。「考え直す最後のチャンスだ」
私は首を振る。言葉を絞り出すのがやっとだった。「もう、決めたから」
彼は黒いコートを脱ぎ、ほとんど汚れていない隅の地面に広げた。炎が彼の影を、錆びた壁に大きく映し出す。高く、圧倒的だ。
心臓が高鳴る。恐怖。期待。そして、名付けようのない何か。
彼の感触は意外なものだった。優しく、丁寧。大きな片手が私の後頭部を支え、コンクリートから浮かせてくれる。彼の声が和らいだ。「リラックスしろ。傷つけたりはしない」
予想していた暴力は訪れない。代わりに、この丁寧さがある。瞬きもせずに四人を処刑した男からは、到底考えられない優しさ。
私の震えは徐々に収まっていく。疲労がどっと押し寄せる。アドレナリンがようやく引いていくのだ。彼の温もりが私に染み渡り、信じられないことに、どこか安全に近いものを感じた。
闇に意識が吸い込まれる直前、彼の声が再び聞こえた。柔らかい。先ほどの冷酷な殺し屋とはまるで違う。「もう安全だ。約束する」
私は闇に身を委ねた。今度は、怖くなかった。
柔らかな朝の光が、床から天井まである窓から差し込んでいる。見慣れない天井に目を開けると、パニックが全身を駆け巡った。ここはどこ?
キングサイズのベッド。肌に触れるシルクのシーツ。ダークカラーのモダンな家具。窓の外には、マンハッタンのスカイラインが果てしなく広がっている。
全身が痛む。顔の痣がずきずきと疼く。切れた唇がひりつく。肌には、親密で、否定しようのない赤い痕が咲いていた。昨夜。倉庫。彼。ああ、私、何をしたんだろう?
顔に熱が上る。羞恥?後悔?それとも何か別の感情?感情が絡み合って解けない。
身を起こすと、シーツが滑り落ちた。眠っている間に、誰かがオーバーサイズの男性用シャツを着せてくれたらしい。その部分の記憶はない。
バスルームでは、さらに多くのことが分かった。鏡に映る頬骨の痣、切れた唇。しかし、傷は綺麗に洗浄され、手当てされていた。誰かが、私の世話をしてくれたのだ。
ナイトスタンドの上には、角をきっちり揃えて畳まれた服が置かれている。その上に一枚のメモ。隣には、真新しいスマートフォンが、すでに画面を光らせていた。
メモは簡潔だった。白い紙に、シンプルな黒いインク。
「これを着て。私のドライバーが家まで送る。――L」
たった一文字。L。
私はそれを見つめる。自分でも分からない理由で、心臓の鼓動が速くなる。彼は誰?どうして私を助けたの?もう一度、彼に会える日は来るのだろうか?
