第4章
彼は一瞬、凍りついたように動きを止めた。
「なんでもないさ」
彼はすぐに平静を取り戻し、部屋を横切って私の手を取った。
「ライリー、今夜は危険だ。厄介なことになるかもしれない。一緒には行けない。君は二台目の車で、脇道を使って目立たないように行ってくれ。その方が安全だ。俺はマイバッハで表通りを行く」
彼は私の手を持ち上げ、その甲に口づけを落とした。
「心配しないで」
彼は私の顎を持ち上げ、視線を合わせる。
「今夜の警備は万全だ。俺が守るから」
私は彼の瞳を覗き込んだ。そこには警戒心のかけらもなく、ただ純粋な心配だけが映っている。
とても誠実に見えた。心から私の身の安全を案じているように。
けれど、本当はただ愛人と一緒に車に乗りたいだけなのだ。
それでいい。彼は私が何を企んでいるのか、微塵も気づいていない。
二台目の車。脇道。電波の届かない不感地帯。
まさに、私が必要としていた条件だ。
私は二台目の車に身を沈めた。
海岸沿いの道路。半開きの窓から夜風が吹き込み、潮の香りを運んでくる。運転手は古くからの腹心だ。私が慎重に配置した駒の一つ。彼は私を見ようともせず、ただ黙々とハンドルを握っていた。
私はシートに背を預け、流れる夜の景色を眺めた。
スマホが震えた。
ニコからのメッセージだ。「ライリー、どこにいる? もうすぐ着くか?」
私は画面を見つめた。指が画面の上で浮いたまま、動かない。
なんてありふれたメッセージ。ただ妻の帰りを待つ夫のようだ。
私は返信しなかった。携帯の電源を切る。裏蓋を開け、SIMカードを抜き取る。小さなプラスチック片は、指の間でパキッと小気味よい音を立てて真っ二つに折れた。私はその両方の破片を、窓の外へ放り投げた。
車は照明のないトンネルへと入っていく。闇がすべてを飲み込んだ。
電波の届かない場所。
私が選んだ死に場所。
さようなら、ニコ・ヴォルコフ。
さようなら、レオ、ミア。
数秒後、轟音がトンネルを引き裂いた。
アイルランド系組織の爆弾が起爆したのだ。紅蓮の炎が車両を丸ごと飲み込んだ。
ライリー・ヴォルコフは、夫が彼女を押し込めたその車の中で死んだ。
ニコ視点
同時刻。帝国ホテルのボールルーム。
ニコはステージの中央に立っていた。あらゆる角度からスポットライトが彼を照らし出している。スーツは完璧。髪型も完璧。すべてが完璧だった。
彼の隣の席は空席のままで、妻のために確保されていた。彼が視線を落とすたびに目に入る位置だ。
彼の視線が会場を一巡し、入り口で止まる。
ライリーはまだ来ていない。
会場の隅では、アレッシアが胸元のルビーのネックレスを指で弄びながら、彼に熱っぽい視線を送っていたが、ニコは無視した。彼女は今夜が自分のための夜だと思っている。だが、それは間違いだ。
「ご来場の皆様」
ニコの声が会場に満ちた。
「今夜、ヴォルコフ家は新たなページをめくります。我々が築き上げてきた過去を語るためではなく――これから向かう未来について語るために、ここに集まったのです」
雷鳴のような拍手が会場を包み込んだ。
ニコは顔を輝かせて続けた。
「今夜、感謝を伝えなければならない人がいます。彼女は決して注目を浴びようとはしませんでした。これまで一度も。ですが、私が今ここに立っていられるのは、彼女のおかげなのです……」
誰もが、彼が誰のことを言っているのか理解していた。人々は一斉に頭を巡らせ、群衆の中にライリーの姿を探した。
ただ一人、アレッシアだけが得意げな笑みを浮かべ、自分のことだと思い込んでいた。
だが、彼の目はアレッシアを見ていなかった。その視線は、依然としてあの空席に向けられていた。
「……彼女は私の人生の支えであり、心の拠り所です」
ニコはグラスを高く掲げ、感極まったように声を震わせた。
「私の愛する女性に、乾杯を――」
その時、会場の扉が乱暴に開け放たれた。
警備責任者が自らの足にもつれるようにして、転がり込んできたのだ。
音楽が止まった。会場は水を打ったように静まり返った。
ニコの表情が曇る。
「どうした?」
「ボス……」
警備責任者の声が裏返った。
「事件です。二台目の車が……ヴォルコフの奥様の車が、海岸沿いのトンネルで待ち伏せされました」
「車両全体が衝撃で爆発炎上しました。生存者は、いません」
ニコはその男を凝視したまま、顔からみるみる血の気が引いていった。
「今……なんと言った?」
