第1章
スターライトクラブの中は薄暗く、妖しい雰囲気が漂っていた。
白石沙耶は個室の前に立ち、激しい音楽と男女の嬉しそうな笑い声に、頬が次第に赤くなっていく。
「白石さん、お母様のがん細胞に転移の兆候が見られます。できるだけ早く手術費用を用意していただきたい。これ以上遅れると、手術の適期を逃してしまう恐れがあります」
先生の言葉を思い出し、白石沙耶は深く息を吸い、躊躇いながら個室のドアをノックしようとした。
「もたもたしてないで、早く入りなさい!」
木下明美の声が聞こえ、白石沙耶が反応する間もなく、強く部屋の中へ押し込まれた。
よろめきながらも体勢を立て直した白石沙耶は、反射的に振り返ろうとしたが、木下明美は素早くドアを閉め、部屋は一瞬にして真っ暗になった。
「木下明美、ドアを開けて!」
白石沙耶は恐怖に駆られてドアに手を伸ばしたが、触れる前に力強い手が彼女の手首を掴み、たくましい腕の中に引き寄せられた。
「やめて!離して!」
白石沙耶は必死にもがいたが無駄で、むしろ男に片手で腰を抱え上げられ、柔らかいベッドの上に投げ出された。
暗闇の中で相手の姿も見えず、白石沙耶は恐怖で激しく震えていた。
男は獣のように彼女を抱きしめて、熱い唇が容赦なく降りかかる。
屈辱感が込み上げ、白石沙耶の目から涙が溢れ出した。
脳裏に木下明美の言葉が浮かぶ。
「白石沙耶、私たち姉妹でしょう。本当にあなたを助けたいの。協力してくれれば、すぐにお金を振り込むわ。おばさんの手術費用を考えて」
白石沙耶は蒼白になった手を強く握り締め、真っ赤な目で病床の母を見つめた。
「お父様にお金をお願いしたけど...」
木下明美は白石沙耶の言葉を遮って言った。
「白石沙耶、お父様の会社は今資金繰りが厳しくて、従業員の給料も払えないくらいなのよ。そんな大金出せるわけないでしょう?無理なお願いじゃない」
白石沙耶は唇を噛みしめ、黙り込んだ。
木下明美は更に言い続けた。
「それに、あなたのお母さんの病気は底なし沼よ。お父様が出すつもりならとっくに出してるはず。なぜ今まで引き延ばしてきたと思う?よく考えなさい。お金を出してお母さんを治療するか、このまま死なせるか」
その言葉に白石沙耶の顔が一瞬で青ざめた。いや、母を死なせるわけにはいかない。
「やります」白石沙耶の声は悲痛だった。
木下明美は艶やかに笑った。
「そうよ、それでいいの。処女を千万円でお母さんの命と交換するなんて、お得じゃない」
激しい痛みが白石沙耶を現実に引き戻し、彼女は目を見開いて悲鳴を上げた。
「初めてか?」
かすれた声で冷たい男性の声が闇の中で響き、白石沙耶の体は震えが止まらなかった。
男は欲情に染まった黒い瞳を開き、指で白石沙耶の頬を伝う熱い涙に触れた。
「リラックスして、怖がらなくていい」
男の熱い吐息が白石沙耶の耳に降りかかり、優しくも荒々しかった。
支配的な動きと穏やかな口調が鮮明なコントラストを成し、おそらく白石沙耶の涙のせいか、男は自制心を働かせ、強い欲望を抑えているようだった。
「ダメだ、我慢できない」
言葉と共に、男は切なげに白石沙耶を強く抱きしめた。
思うがままのセックス、激しくも深い情欲で。
夜は長く、まるで夢のようだった。
男が眠りについてから、白石沙耶は腰を押さえながらそっと床に降りようとしたが、脚に力が入らず転んでしまった。何度も求められたことを思い出し、息を呑んだ。
男が再び目を覚ますのを恐れ、白石沙耶は不快感を我慢して服を着て個室を出た。やっと一息つけたと思った時、木下明美が苛立たしげに近づいてきた。
「随分長かったわね、気持ち良かった?」木下明美は意地の悪い口調で言った。
白石沙耶は真っ赤な目をして、脚を震わせながら、かすれた声で言った。
「お金は?」
木下明美は高慢に白石沙耶を見下ろし、冷笑して、バッグからカードを取り出した。
「金は渡すわ。でも規則は守るのよ。もし少しでも漏らしたら、ただじゃ済まないわよ」
白石沙耶はカードを受け取り、無表情に頷いて立ち去った。
木下明美は白石沙耶の姿が見えなくなるまで見つめ、それから個室に入った。
五十代の藤原監督がこれほどの精力があるとは思わなかった。夜が明けるまで待たされるとは。
藤原監督が手掛ける大作ドラマ『雷鳴』は、放送されれば必ずや大ヒットするはず。そのため、女優たちの主演争いは熾烈を極めていた。藤原監督は既に言葉を送ってきていた。木下明美が「協力」さえすれば、主演は彼女のものだと。
しかし三流女優の木下明美は、このチャンスに飛びつきたかったものの、あの気持ち悪い藤原監督の相手はしたくなかった。そこで白石沙耶に目を付けたのだ。
白石沙耶に藤原監督の相手をさせ、後で自分と取り替えれば、すべて丸く収まった。
木下明美は勝ち誇ったように個室のドアを開けた。既に夜が明け、明るい陽光がカーテンの隙間から広いベッドに差し込んでいた。男の顔を見た瞬間、彼女はその場に凍りついた。
......
白石沙耶はクラブから急いで出て、最寄りの24時間ATMで残高を確認した。木下明美がそれほどの金額を本当に振り込むとは信じられなかった。
残高表示が千万円と出た時、白石沙耶は安堵した。木下明美は約束を守り、きちんと支払ってくれたようだ。身代わりになることは、木下明美にとってよほど重要なことだったのだろう。
白石沙耶は首を振り、急いでタクシーを拾って総合病院へ向かった。
母の病室まで走って来たが、203号室は空っぽだった。一瞬呆然とし、信じられない思いで廊下に出て、通りかかった看護師を呼び止めた。
「すみません、203号室の患者さんはどちらに?」
不安で声が震えていた。
看護師は病室を見て、それから白石沙耶を見た。
「患者さんのどなたですか?見覚えがありますが、203号室の患者さんのお嬢さんですよね?」
白石沙耶は機械的に頷いた。
看護師は眉をひそめて責めるように言った。
「昨夜はどこにいらしたんですか?何度も連絡を試みたのに。他にご親族もいらっしゃらないのに、お母様をお一人にして。お母様が亡くなられる時もそばにいなかったなんて」
白石沙耶は信じられない思いで看護師の腕を掴み、かすれた声で問いただした。
「何を言っているんですか?そんなはずない!母が亡くなるなんて!先生は病状が安定していて、手術を待つだけだと言ったはずです。急に亡くなるなんてあり得ません!嘘でしょう?!」
「203号室の患者さんは午前2時15分、救命措置の甲斐なく亡くなられました」看護師は腕を振りほどこうとせず、ため息をついて続けた。
「離してください。こんなことで嘘をつく理由がありません。昨夜ずっと連絡を試みましたが、つながりませんでした」
白石沙耶は急いでカードを取り出し、叫んだ。
「手術費用は用意できました!今すぐ母の手術ができます。本当です、お金があるんです。今すぐ母の手術をお願いします!」
看護師は医療スタッフを呼び、崩壊寸前の白石沙耶を引き離した。皆、心を痛めながらも為す術もなかった。
「霊安室で遺体の引き取りをお願いします。白石さん、ご愁傷様です」
医療スタッフに連れられて母に会った白石沙耶は、冷たくなった母の体に触れてはじめて、母が永遠に自分の元を去ってしまったことを受け入れた。





















































