第61章 彼は少し怖い

浴室から聞こえてくるざあざあという水音を背に、安藤美咲は手を動かす速さを上げた。片づけを終えると、床を拭くことも、掃除機をかけることもしないまま、バッグをひっつかみ、逃げるように家を飛び出した。

高橋裕也がシャワーを浴びて出てきたときには、もうあの子の姿はない。ほどなくして車のエンジン音が聞こえ、彼は窓辺へ歩み寄った。美咲の車が、ゆっくりと庭を出ていく。

その様子を眺めながら、高橋裕也は唇の端をわずかに持ち上げた。

逃げている。

自分を避けている。

そして、怯えている。

だが、さっきの自分は本気でその先へ進みたかった。

あの感触――やはり、自分の手とはまるで違う。

もう駄目か...

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