第3章
石原真奈美の視点
どうにか部屋に入って席につく。足が震えて、まるで言うことを聞かない。
悠斗が咳払いをした。「どうも」
「どうも」と、私はかろうじて返した。
沈黙。人生で一番気まずい沈黙。テーブルを挟んで、私たちはお互いをただ見つめ合っていた。顔から火が出そうだ。彼の耳も赤くなっている。
「それで」と、彼がようやく口を開いた。「これって……」
「あり得ない」と、私が言葉を継いだ。「ええ、まったくもってあり得ないわ」
「ああ、私も……こんなことは予想してなかった」
「こっちのセリフよ」
また沈黙。テーブルの下に潜り込んで死んでしまいたい。
何か言って。何でもいいから。
悠斗が咳払いをする。「それで」
「それで」と、私もオウム返しに言った。
「説明させてほしい」と彼は言った。「親父が『身を固めろ』ってうるさくて、ここに来たんだ。一回お見合いすれば、しばらくは黙ってくれるだろうと思って。礼儀正しく食事を終えて、うまくいかなかったって報告するつもりだった」
私は笑ってしまった。「それ、まったく同じこと考えてた」
彼は少し微笑んだ。「そうなのか?」
「私のお父さんも、彼氏と別れてから『安定』『安定』って口うるさくて。言うこと聞いてるフリをして、放っておいてもらうための作戦だったの」
「なるほどな」悠斗は背もたれに寄りかかった。「クソ気まずいな」
「そう思うでしょ?」
一分ほど、私たちは何も言わなかった。青葉市でのことを思い出して、全身が熱くなる。彼の手。彼の唇。今すぐ考えるのをやめなさい。
「あのさ」私は平静を装って言った。「お互いの親には、うまくいかなかったって報告する。それぞれの生活に戻る。青葉市でのことなんて、なかったことにする」
「そうだな」と悠斗は言った。でも、その声はあまり乗り気じゃないように聞こえた。
「それか……」もう、どうして私こんなこと言ってるの?「試しに付き合ってみる?本気で」
彼は私を見た。「どうしてそんなことを?」
「だって、断ったら、また別の相手を見つけてくるだけでしょう」と私は言った。「少なくとも、私たちはもう話せることはわかってる。それに、私たちって明らかに……相性がいいわけだし」
最後の言葉を口にしたとき、彼の目の色が変わった。「相性がいい、か」
顔が燃えるように熱い。「少なくとも、私はあなたの顔がすごく好き。それに……体も」
彼は笑った。「ここ数年で聞いた中で一番正直な言葉だな」
「駆け引きとか、そういうの苦手だから」
「だろうな」彼は長いこと私を見つめていた。「わかった。やってみよう。最悪の場合、お互い嫌いだってわかるだけだ」
最悪の場合、私があなたに本気になって、あなたは私の心をズタズタにする。
「最悪の場合ね」と私は同意した。
「まあ、せっかく来たんだし」彼はメニューを手に取った。「食事くらいしていこう」
悠斗は二人分の料理を注文してくれた。運ばれてきた料理を見て、私は皿を凝視した。ホタテの酒蒸し。いつも頼む松茸の土瓶蒸し。それに、私が好きな酢の物まで。
「どうして私の好きな食べ物を知ってるの?」
彼は少し気まずそうにした。「教えてくれたじゃないか。青葉市で。あのバーで」
覚えててくれたんだ。
拓也は何も覚えてくれなかった。毎回私が注文を伝えても、それでも間違える人だったのに。
「バーで言ったこと、覚えてるの?二人とも酔っぱらってたのに?」
「私はちゃんと見てる」彼の視線が私の視線と絡んだ。「特に、大事な人のことは」
温かい何かが胸に広がって、私は目を逸らさずにはいられなかった。あまりにも、強烈すぎたから。
食事中はずっと話していたけれど、とても自然だった。彼は私の仕事について尋ね、私がスカイタワーの設計について説明すると、真剣に耳を傾けてくれた。普通だ。すごく、いい感じ。
デザートの頃には、私たちがホテルのバーで出会ったことなんて、ほとんど忘れていた。
悠斗が家まで送ってくれた。私は住所を教えながら、彼が私の住む場所を知ってしまったという事実については考えないようにした。
車を停める頃には、夜はすっかり冷え込んでいた。私は自分の体を腕で抱きしめる。馬鹿みたいにストラップの細いドレスじゃ、寒さをしのぐ役には立たない。
「ほら」悠斗は私が何か言う前に、すでにジャケットを脱いで私の肩にかけてくれていた。
彼自身の匂いがした。清潔な石鹸の香りと、その奥にある何か深い匂い。ウッド系、たぶんシダーの香り。ジャケットをきつく引き寄せると、心臓が速く鼓動し始めた。
「ありがとう。洗って返すね」
「持ってていいよ」彼は微笑んだ。「そしたら、また会う口実ができるだろ」
ああ。
彼を見上げると、一瞬、キスされるんじゃないかと思った。そうしてほしいのか、それともパニックになるのか、自分でもわからなかった。でも、彼はただ微笑んで一歩後ろに下がっただけだった。
「おやすみ、真奈美」
「おやすみ」
私は彼の上着を羽織ったまま、駆け込むように家に入った。アパートに入るなりソファに倒れ込み、その生地に顔をうずめる。
私、一体何やってるんだろう?
すぐに莉々に電話した。
「で?どんな最悪な奴だった?」と彼女が出た。「お父さんに文句言ってやれって伝えた?」
「莉々」私は一呼吸置いた。「青葉市で会った人。彼が今日のお見合い相手だったの」
「はぁ!?」
「本当だってば」
「うそでしょ。マジで。真奈美、何やってんのよ。で、どうしたの?」
「私たち、付き合ってみることにした。本気で」
「からかってるんでしょ」
「違うって!よく考えたら理にかなってるじゃない。少なくとも、お互い惹かれ合ってるのはわかってるんだし」
「あんた、彼と寝たんでしょ!」
「わかってるって!」私はまだ彼の上着を握りしめ、あの馬鹿みたいな匂いを吸い込んでいた。「でも莉々、彼は拓也とは全然違うの。あの夜私が言ったことを覚えててくれたんだよ」
「待って、彼の名前は?」
「橋本悠斗。どうして?」
沈黙。「真奈美。彼のお父さんって、橋本翔太?」
「うん、そうだけど?」
「マジか」莉々の声色が完全に変わった。「私、彼のことを知ってる。数年前に元カノとすごい揉め事があったの。月島綾乃っていう。ゴシップサイトでめちゃくちゃ騒がれてた」
胃がずしりと重くなった。「何があったの?」
「大学時代、一年くらい彼女が彼を追いかけてたらしいの。それで彼もついに折れて、完全に彼女に夢中になった。家族の反対を押し切って家を出て、自分の会社まで立ち上げたっていうのに。なのに彼女は彼の会社の企業秘密を全部ライバル社に売って、その金を持って海外に高飛びしたのよ」
うそ……。
「悲惨だったって」と莉々は続けた。「あの界隈の社交界じゃみんな知ってる話よ。彼は完全に打ちのめされたって。私が聞く限り、それ以来、本気の恋愛はしてないはず」
青葉市のバーにいた悠斗を思い出す。あの時の彼の表情を。
「ひどい……。ひどすぎる話だわ」
「でしょ。だから、もし本気で付き合うなら、とにかく……気をつけてね?彼はたぶん深刻な人間不信になってると思うから」
「うん。彼を大事にする。忠告ありがとう」
電話を切った後、私は彼の上着を抱えたまま座り込み、莉々が言ったことすべてを考えていた。青葉市で彼があれほど用心深かったのも無理はない。私が正直に気持ちを伝えたとき、彼が驚いたように見えたのも。
慎重にならなきゃ。彼に、自分に、この関係すべてに。
