第2章
そこへ向かう途中、私の携帯はひっきりなしに鳴っていた。真矢からの執拗な着信に加え、見知らぬ番号もいくつかあった――間違いなくゴシップ記者か、会社の人たちだろう。
星野芸能の最上階、エレベーターの前にようやく立った時、スマホには33件の不在着信が表示されていた。
これは絶対に、ただ事じゃない。
いつもは賑やかなはずの受付エリアが、妙に静まり返っていることに気づく。何人かの社員は私を見るなりぴたりと会話をやめ、奇妙な視線を向けてきた。
手のひらにじっとりと汗が滲む。
エレベーターの扉が開くと、役員会議室の方から激しい口論が聞こえてきた。
「こんなスキャンダルが出たら、新規公開株の評価額が4億5千万円も下がるぞ!」甲高い男性の声が、ほとんど怒鳴るように響いていた。
「投資家たちがすでに手を引き始めている。この社内スキャンダルは即座に収束させる必要がある!」
足の力が抜けた。スキャンダル?
抜き足差し足で涼真のオフィスに向かうと、会議室のガラス壁越しに、心臓が凍りつくような光景が見えた――スーツ姿の七、八人の役員たちが輪になって立っており、一人ひとりが嵐の前の雲のように険しい顔つきをしている。
「平野さん、我々に説明をしてもらおう!」取締役会長が机を叩く音は、ガラスを震わせるほど大きかった。
その時、涼真のオフィスのドアが開いた。
彼は深い青色のシャツを着ていて、昨夜よりもさらに厳格で、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。だが、その視線が私を捉えた瞬間、空気が一瞬で凍りついた。
「津崎さん」その声は恐ろしいほど静かだった。「中へどうぞ」
震えながら彼のオフィスに入ると、床から天井までの窓の外には、太陽の光を浴びて街が輝いていたけれど、私にその景色を味わう余裕なんてなかった。
「私……昨夜、何かしてしまいましたか?」声はかろうじて出るくらいかすれていた。「何も覚えていないんですが、もし平野さんや会社にご迷惑をおかけしたのなら、本当に――」
「自分が何をしたか知りたいか?」涼真が私の言葉を遮った。
彼はデスクまで歩いていくと、ゆっくりと、これみよがしにシャツのボタンを上から三つ外した。
私は目を大きく見開いた。
彼の胸は赤い痕で覆われていた――鎖骨から腹筋にかけて、明らかに引っ掻き傷と噛み跡が広がっている。オフィス全体が、急に灼熱地獄のように暑く感じられた。
「証拠が物語っている」涼真はシャツのボタンを留め直し、表情は依然として静かなままだった。「昨夜、君は私を『研究対象』として、約二時間にわたる『没入型演技の練習』を行った」
頭に血が逆流するのを感じた。「なんてこと……私……あれは、夢だとばかり……」
うそっ、私、一体何をしでかしたの? あの痕……全部私がつけたっていうの?
「残念ながら、今や会社全体が、私が謎の女優に『襲われた』と知っている」涼真は私に背を向け、窓際へ歩いて行った。「取締役会はこれを評判危機とみなし、徹底的な調査を要求している。もし真相が――アシスタントディレクターが会社のパーティーでプロデューサーに『暴行』を働いたと知られたら――我々の会社にどう影響すると思う?」
完全に足の力が抜け、倒れ込まないように椅子の背もたれを掴んだ。「私……辞めます。全責任を取ります。私が――」
「辞める?」涼真が振り返る。その瞳には、読めない光が宿っていた。「津崎さん、そんな簡単なことでこの問題が解決すると思っているのか?」
ちょうどその時、会議室からさらに大きな口論が聞こえてきた。「この件が適切に処理できないなら、平野涼真の辞任を要求する!」
私の顔から血の気が引いた。「彼らが……あなたに辞任を? 私のせいで?」
もう終わりだ。自分だけじゃなく、平野涼真のキャリアまで台無しにしてしまう。私はとんでもない疫病神だ。
涼真はデスクの後ろに座り直し、長い指でテーブルをトントンと叩いた。その一打一打が、私の心臓を打っているようだった。
「さて……火消しに取りかかるとしよう」彼の声色が、急に冷えたビジネスのそれに変わった。「解決策は、一つだけだ」
「どんな解決策ですか?」私はほとんど懇願するように尋ねた。
「君が、俺の彼女になる」
空気が三秒間、凍りついたようだった。
「はあ?」思わず声が裏返った。自分でも驚くほど、高い調子になっていた。
今、この人、私が思った通りのことを言った? 彼女? まだ酔いが覚めてなくて、幻覚でも見てるの?
「これは、専門的な演技指導を前提にした話だ」
涼真はデスクを、一定のリズムでコンコンと叩き続ける。
「君は優秀な演技指導者で、俺はその指導を必要としている。それを私的な関係として公表すれば、すべての『物的証拠』に筋の通った説明がつく」
私の脳が、一瞬でショートした。
「……これって、売春じゃないですか? お金で私を買うってこと?」
涼真の指が止まり、鋭い視線が私を射抜く。
「これはビジネス契約だ。君は専門的な演技指導を提供し、俺は報酬と保護を与える。銀幕の都のカップルの多くは、こうして始まる」
「でも――」
「あるいは」涼真の声が、さらに冷えた色を帯びる。
「法務部の調査を受け、会社の評判を傷つけた法的責任を負い……そしてこの街で完全にブラックリスト入りするか、だ」
世界がぐらりと揺れた。
選択肢なんて、実質存在しない――この屈辱的な条件を飲むか、この街で完全に終わるか。
仕事を続けるために、こんな屈辱的な条件を飲まなきゃいけないの? ADから……何? 契約彼女?
「私……」声が震えた。「本当に、これしか選択肢はないんですか?」
涼真の表情がわずかに和らいだ。「津崎絵梨、これは屈辱じゃない。互恵関係だ」
その時、ドアがノックされた。涼真のアシスタントの山本里紗さんが、書類の束を抱えて入ってきた。
「平野さん、契約書の準備ができました」山本さんの仕事ぶりは驚くほど手際が良く、まるでこの事態を予期していたかのようだった。「秘密保持契約書、演技指導契約書、そして同居に関する詳細です」
私は呆然と書類を見つめた。「これ……もう準備してたんですか?」
どういうこと? 彼はこれを全部、前もって計画していたの?
「私は常に、あらゆるシナリオに備えている」涼真は書類を受け取った。「引越し業者は二時間後に君のアパートに着く。海辺の別荘も準備万端だ」
「海辺の別荘?」まるで夢を見ている気分だった。
山本さんがテキパキと説明する。「海が見える別荘で、プライベートシアター、プロ仕様の編集室も完備しています。津崎さんの創作活動のニーズを完全に満たします」
待って、海辺の別荘? それって、私がずっと夢見てたやつじゃない!
涼真は書類の一枚を開いた。「演技指導契約料は月額7,500万円だ」
ちょうどその時、私の携帯が鳴り、画面を見ると送金通知が表示されていた――7,500万円の入金。
目が飛び出そうになった。「これ……月7,500万? これがプロの料金なんですか?」
なんてこと、7,500万円? 私の年収よりずっと多いじゃない!
「プロの指導にはプロの料金だ」涼真は立ち上がり、袖を整えた。「何か質問は?」
頭の中は混乱していたが、その時また携帯が鳴った。
真矢からのテキストメッセージだ。「マジで!? 兄さんが家に女の人を連れ込むなんて初めてだよ! あんた、兄さんに何されたの?!」
私はそのメッセージを凝視し、背筋に冷たいものが這い上がってくるのを感じた。
「『初めて』ってどういう意味ですか?」私は涼真を見上げた。「平野さんは家に女性を連れて帰ったことがないんですか?」
涼真の表情が、途端に気まずそうになった。「それは……それは重要じゃない」
「でも真矢は私が初めてだって」私は何かに気づいた。「この契約、私が思っていたより複雑なんじゃないですか?」
どうして私が初めてなの? これは絶対に、ただのビジネス判断なんかじゃない。
山本さんは気を利かせてオフィスから出ていき、私たちは見つめ合ったまま取り残された。
涼真は窓際へ歩き、私の視線を避けた。「ビジネスはビジネスだ、津崎絵梨。考えすぎるな」
だが、私のまっすぐな視線は彼に逃げ場を与えなかった。「平野さん、これは本当にただのビジネスなんですか? なぜ私なんですか? なぜ、よりにもよって私?」
涼真の手は固く握りしめられ、そのシルエットは先ほどよりも緊張しているように見えた。
私は真矢のメッセージを見つめながら、自分が想像以上に深いゲームに巻き込まれているのかもしれないと悟った。涼真はただのビジネスだと言ったけれど、なぜ私が「初めて」なのか? 彼の本当の動機は何なのだろう?
7,500万円の送金通知は、金色のパズルのように私のスマホ画面でまだ点滅していた。
そして涼真は、まるでそこに答えが待っているかのように、銀幕の都を見つめながら、まだ私に背を向けたままだ。
だが、いくつかの秘密は、このゲームの中でゆっくりと明かされる運命にある。
これは罠なのか、それとも私の人生最大のチャンスなのか?
