第4章

葵視点

目が覚めて最初に聞こえたのは、心電図モニターの規則正しいビープ音だった。

生きている。

その事実は安堵をもたらすはずだったのに、代わりに私にもたらされたのは、残酷で、否定しようのないほどの明確な事実――私が無駄にした六年間という現実だった。

私は目を閉じ、記憶の海に身を委ねた。

.......

六年前、高校一年生の時……

初めて陽介に会ったのは、私が十七歳の時だった。それは彼の十八歳の成人式で、うちの家族も招待されていた。自信に満ち溢れ、人を惹きつける魅力を持つ彼に、私は一瞬で心を奪われた。そしてその後、私たちに許嫁の関係があると知ったのだ。なんて驚きだろう!

ようやく勇気を振り絞って想いを伝えた私に、彼は微笑んでこう言った。「葵は素直で可愛いな。でも、俺と付き合いたいなら、ただの箱入り娘じゃないってことを証明してくれないと」

「どういう意味ですか?」

「今週末、俺とレースに行こうぜ」

レース。真夜中のストリートレース。曲がりくねった峠道で、車が限界までスピードを出す……。

危ないとはわかっていた。持病の心臓病のせいで、命に関わるかもしれないことも。でも私は十七歳で、愚かで、どうしようもなく恋に落ちていた。

あの夜、陽介がハンドルを握り、彼のポルシェはカーブを抜けるたびにどんどん加速していった。私の心臓も高鳴り始め、やがて速くなりすぎて、そして.......

あの時も、私は病院で目を覚ました。ベッドの傍らには陽介が座っていて、知り合ってから初めて、心から心配しているような顔をしていた。

「ごめん」と彼は言った。「そんなに深刻だとは知らなかったんだ」

そして馬鹿な私は、彼を許してしまった。それどころか、それは彼が私を気にかけてくれている証拠なのだと、自分に言い聞かせた。

二週間後、彼は私たちの婚約に同意した。

それからの六年間、私は陽介の無神経さを情熱だと、彼の放置をミステリアスな距離感だと、私を利用していることを愛情なのだと思い込もうとしてきた。彼の秘密の愛人だったあの最悪な三年間でさえ、ロマンチックなことなのだと自分に言い聞かせていた。

でも、そんな記憶の中に、もう一人別の人物がいた。陽介に夢中になるあまり、ほとんど気づきもしなかった人が。

拓海。

陽介が二歳の時に生まれた、彼の弟。けれど、それは愛や偶然から生まれた命ではなかった。幼い頃に病弱だった陽介が骨髄移植を必要とし、両親が彼を救うためだけに拓海を授かったのだ。

兄のための『スペア』として。

中村家は拓海にその役目を決して忘れさせなかった。彼は陽介に仕えるために存在する。彼が何かを成し遂げても無視され、問題を抱えていても見て見ぬふりをされ、その存在自体が兄の必要性の二の次に置かれていた。

でも私に対してだけは、彼はいつも違っていた。

十四歳の頃の彼を思い出す。荒れていて、いつも怒っていて、学校で喧嘩ばかりしていた。誰もが彼を問題児だと言った。私を除いては。

「どうしてそんなに怪我ばかりするの?」切れた唇と痣だらけの肋骨を見つけた私がそう言うと、彼を人気のない場所に連れて行き、傷の手当てをして薬を塗ってあげた。

「どうでもいいだろ」彼はそう呟いただけだった。でも、その瞳が少しだけ和らいだのを、私は見逃さなかった。

彼が十六歳の時、高熱で苦しんでいるのに助けを求めることを頑なに拒んでいた彼を見つけたのも私だった。私が彼を車で病院まで運び、医者から大丈夫だと言われるまで付き添った。

「……ありがとう」彼はそう囁いた。

それから、私が陽介の秘密の恋人だった三年間、拓海とはほとんど顔を合わせなかった。彼は大学で家を離れ、その後は海外で働いていたから。たまに顔を合わせることがあっても、礼儀正しいけれど、どこかよそよそしかった。兄との関係を快く思っていないのだろうと、私は勝手に思い込んでいた。

扉が開く音がして、記憶の渦から引き戻された。

入ってきたのは、拓海だった。

ひどい顔をしていた。顔は青白く、目の下には濃い隈が浮かび、左腕は吊り包帯で固定されている。

「気分はどうだ?」彼は静かに尋ねた。

私は微笑もうとした。「大丈夫。腕、どうしたの?」

彼はまるで怪我を忘れていたかのように、自分の腕に目を落とした。「大したことない」

「葵」戸口から聞こえた陽介の声に、私たちは二人とも振り返った。「目が覚めたんだな」

彼は完璧な姿だった。その後ろには、やつれて心配そうな顔をした父が立っていた。

「お父さん?」私の声はかすれた。

「葵」父は私のベッドサイドに駆け寄った。「死ぬほど心配したんだぞ」

父、佐藤孝治の目には涙が浮かんでいた。

「私、どのくらいここに?」

「四日だ」と父は言った。「ずっと離れなかった」

四日間。私が死にかけたせいで、父は病院の椅子で四日間も過ごしたのだ。私は陽介に目を向け、彼も同じことをしてくれたのだろうかと思った。

彼の居心地の悪そうな様子が、その問いに答えていた。

「葵」陽介が言った。「礼を言いたくてな」

「お礼?」

「最後までやり遂げてくれて。本田との取引は完璧に進んだ。これで何億万円もの利益が出る」彼は何かを確認するためにスマートフォンを取り出し、再び私に視線を戻した。「いい知らせがある」

「二日前に美咲との婚約は解消した。だから、もう俺たちで婚約できる。婚約式は十日後に手配した。君が回復するにはちょうどいい時間だろう」彼は微笑んだ。「何を着るか、考え始めた方がいいぞ」

心電図モニターのビープ音が速くなった。今度は恋心からではない。怒りからだ。

「陽介……」

彼の電話が鳴った。画面を一瞥すると、彼の表情がぱっと明るくなる。「悪い、これに出ないと」彼は返事を待たずに電話に出た。「美咲?ああ、今から会えるよ」

彼は電話を手で覆った。「悪いな、葵。仕事なんだ。わかるだろ。ゆっくり休め。婚約の詳細はまた近いうちに話そう」

そして彼は出て行った。

部屋の沈黙が耳をつんざくようだった。

「葵」父が優しく言った。「もうあんな危険なことはするんじゃない。陽介も婚約に同意してくれたんだ。もう何も証明する必要はない」

「お父さん……」

「会社のためにも、お前には経営の勉強に集中してもらわないと。いつかはお前がすべてを継ぐんだからな」父は私の手を握った。「陽介のことは彼に任せて、お前は良くなることに集中しなさい」

私は父を見た。何もないところから一代で帝国を築き上げ、この瞬間、私の前でだけ弱さを見せるこの男性を。

それから、窓際に静かに立つ拓海に目を向けた。見ず知らずの他人を救うために危険を冒したせいで、怪我をした腕を力なく垂らしている彼を。

いつから私は、こんなにも盲目になってしまったのだろう?

「お父さん」私は静かに言った。「もう陽介とは婚約したくない」

二人の男性が私を凝視した。

父は眉をひそめ、驚きに満ちた顔をした。「本気か?この婚約を六年間も心待ちにしていただろう」

「本気よ」私の声は穏やかだった。

父は一瞬黙り込んだ後、静かに頷いた。「お前が決めたことなら、支持するよ」彼の口調は優しくなった。「陽介のところとは、婚約を解消しよう」

「解消する必要はないわ」私は拓海に目を向けた。彼の目は衝撃で大きく見開かれている。「拓海君と婚約すればいい」

父の顔が真っ白になった。「???なんだと?」

「私は拓海君と結婚したい」私は今度はもっと強く、そう繰り返した。

「葵」父は慎重に言った。「お前は死にかけたんだぞ。まともな考えができていない.......」

「ここ数年で初めて、まともな考えができているわ」私は拓海から目を離さなかった。「陽介は私を殺しかけた。利用して、都合が悪くなったら捨てた。でも拓海君は……」

拓海が私のベッドに一歩近づいた。

「私を助けてくれた」私は囁いた。「拓海君、中村家の会社が欲しくない?私が力になれる」

私は拓海に手を差し伸べた。一瞬の躊躇の後、彼はその手を取った。

彼の指は温かく、しっかりしていた。

「中村拓海さん」私は言った。「私と、結婚してくれますか?」

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