第126章

それは、山下麻友自身でさえ忘れかけていた声だった。

かつてある音楽評論家は、山下麻友の声には「癒やしの力」があると評した。それはまるで朝霧を晴らす最初の陽光のように、清廉で混じり気がなく、人々の心の陰りを優しく拭い去るものだと。

だが、今は……。

麻友は無意識に自らの喉に触れた。この五年間、彼女は一曲たりともまともに歌い切ることができていない。

「君は私が教えた中で、最も才能のある学生だった」

渡辺教授の声が、彼女を現実へと引き戻した。

「山下さん、知っていたかい? 君が卒業する時、国立オペラ座の関係者がわざわざ私を訪ねてきたんだ。君にその気があるなら、特例で採用したいと言ってね...

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