第4章
けれども……山下麻友は無意識にポケットの中の皺くちゃになった数枚の紙幣に触れた。
結局、面接会場に来てしまったのだ。
面接官は阿部菫という名のやり手の中年女性で、彼女は山下麻友の履歴書に素早く目を通した。
いくつか質問をし、山下麻友が当たり障りなく答えると、
「山下さん、事情は大体わかりました」
阿部菫は履歴書を置き、穏やかな笑みを浮かべた。
「おめでとう、採用よ。明日……いいえ、今日から会社に慣れてもらうわ」
「えっ……」
山下麻友の声は乾き、戸惑いが滲んだ。
「どうしてそんなに早く……」
阿部菫は軽く笑ったが、その声の温度は下がっていた。
「あなたが美人だからよ。連れて歩けば面目が立つ、それだけで十分。他のことは、おいおい覚えればいいわ」
山下麻友は呆気にとられ、自嘲気味に笑った。やはりそうだ。
だが今の彼女にとって、仕事があるだけで十分だった。懸念などしている場合ではない。
阿部菫は少し苛立ったように言った。
「考えるつもり? 給料と待遇はあなたの働きに絶対に見合うものにするわ。そうそう、お酒は飲めるわよね?」
山下麻友は慌てて頷いた。
「飲めます。チャンスをくださってありがとうございます」
阿部菫は彼女の反応に驚く様子もなく立ち上がった。
「よろしい。じゃあ、阿部社長に会わせるわ」
社長室は外よりもさらに豪華で、威圧感があった。
阿部菫がドアを開け、山下麻友がデスクの向こうにいる見覚えのある姿を目にした時、数年前の不快な記憶が蘇った。
阿部雄輝が顔を上げ、その瞳にも驚きの色が走った。
「おや!」
彼は手にしていた葉巻を置き、山下麻友を上から下まで値踏みした。
「これはこれは山口の奥様じゃないか、珍客だねえ!」
山下麻友は美しい。五年前は清純で俗世離れしていたが、五年経った今は、どこか庇護欲をそそるような女の色気が加わっていた。
シャツに黒いパンツというシンプルな服装でも、独特の魅力が漂っている。
阿部雄輝は思わず何度も彼女を見返した。
山下麻友の頭の中で「ブーン」という音が鳴り響き、彼女は反射的にうつむき、服の裾を握りしめた。
彼女は気が弱い。以前は山口洸人がいたから、こんな視線に晒されることはなかった。
だが今は、無理やり持ち上げ、笑顔を作るしかなかった。
「阿部社長、こんにちは」
彼女のそんな様子を見て、阿部雄輝は口を歪め、さらに嬉しそうに笑った。
「どうした、山口グループには居場所がなくなったか? わざわざ身をやつして、俺のような狭いところで飯を恵んでもらおうってか?」
山下麻友の顔が火が出るほど熱くなった。彼女は可能な限り彼の嘲るような視線を避け、小声で言った。
「阿部社長、私と山口さんは離婚することになりました。今は……ただ仕事に応募しに来ただけです」
「離婚?」
阿部雄輝の声が急に高くなった。何か面白いことでも聞いたようだ。
「なるほどねえ、どうりで……まあいい、俺のところでしっかり働け。尽くす気があるなら、待遇は悪くしないぞ」
彼は一呼吸置き、付け加えた。
「阿部菫から仕事の内容は聞いただろ? ちょうどいい、今夜接待がある。お前も一緒に来い。早めに環境に慣れておけ」
山下麻友は驚いて顔を上げた。
「阿部社長、今日入社したばかりで、私は……」
阿部雄輝は遮った。
「なんだ、嫌なのか? 山下麻友、自分が今誰の人間で、誰の飯を食ってるのか忘れるなよ」
山下麻友の顔色が白くなり、言葉が詰まった。
阿部雄輝は恩着せがましく言った。
「今夜の接待は極めて重要だ。そうだ……半月分の給料を前借りさせてやる。夜はしっかり働けよ。契約が取れたら、ボーナスも出す」
彼は横にいた経理担当に合図した。
すぐに、新しい札束が山下麻友の目の前に差し出された。分厚い、目測で少なくとも二十万はある。
その紙幣が、焼けた鉄のように彼女の目と尊厳を刺した。
彼がどこで彼女が金に困っていると見抜いたのかはわからないが、図星だった。
数秒後、山下麻友はずっしりと重い札束を受け取った。
「ありがとうございます、阿部社長」
阿部雄輝は満足げに笑った。その瞳には溢れんばかりの得意色が浮かんでいた。
「まずは着替えてこい」
山下麻友は魂を抜かれた人形のように、阿部菫についてオフィスを出た。
オフィスのドアを出た瞬間、中から阿部雄輝の抑えきれない嘲笑が聞こえてきた。
「誰が俺の部下になったと思う? 山口洸人の前妻だよ!
そう、あの山下麻友だ! 昔は高嶺の花ぶってやがったくせに、今じゃ俺の下働きだ……」
その後の言葉は、山下麻友には聞こえなかったし、聞く必要もなかった。
阿部菫は彼女にメイクを施させ、体のラインが強調される緑色のマーメイドドレスを着せた。彼女の艶めかしい曲線が浮き彫りになる。
阿部雄輝は彼女の姿を見て、目尻に笑みを浮かべた。
「行くぞ。しっかりやれよ」
二人は車で接待場所のホテルへ向かい、エレベーターに乗り込んだ。中にはすでに四、五人の派手な服装の名士たちがいた。
最悪なことに、彼女は全員に見覚えがあった。
「おや、誰かと思えば、山口社長の元奥様じゃないか?」
その言葉に、山下麻友の体が強張り、振り返ることもできず、ただ小さく縮こまりたいと思った。
「本当だ! なんだ、山口社長に捨てられて、自分で稼ぎに出たのか?」
「再就職先もよく選ばなきゃなあ。阿部社長の下につくとは……ふふ、山下さん、随分と趣味が変わったねえ?」
彼らの言葉に含まれる汚らわしい暗示は明白だった。
「以前は山口の妻という肩書きを笠に着て、頭の上に目がついてるような態度だったのにな。落ちぶれたら、阿部社長に飯を恵んでくれと頼むのか?」
一つ一つの笑が毒を塗った針のように、正確に山下麻友の心の底を刺した。
脳内では、このエレベーターは壊れているんじゃないか、どうしてまだ着かないのか、ということばかりが回っていた。
その時、宴会場の入り口の方から足音が聞こえてきた。
空気が一瞬で凍りつき、その人物が近づくにつれ、目に見えない強大な圧力が降り注いだ。
騒がしかった人々が瞬時に静まり返る。
全員の視線がその「大物」に吸い寄せられ、慌てて後退し、彼のために広い道を開けた。
山口洸人だ。
彼は全身黒の衣装をまとい、強烈なオーラを放っていた。
照明が彼の彫りの深い顔に冷酷な陰影を落とし、その視線が掃くところ、誰もが息を潜めた。
彼の背中を見て、山下麻友は反射的にうつむき、視線が合うのを避けた。
どうして彼がここに?
彼は専用エレベーターを使うはずなのに。
