第1章
浅見水希視点
午前五時、腹部を引き裂くような激痛が私を襲った。ソファの上で体をくの字に折り曲げ、お腹を抱え込む。
嘘、何なのこれ……?
部屋の暗闇が息苦しいほどに感じられ、震える指で手探りしたスマホの画面が放つ、弱々しい光だけがその闇を破っていた。
まともに息もできない。痛みの波が押し寄せるたびに叫びだしたくなるのを、代わりに唇を強く噛んで堪えた。震える手で連絡先をスクロールすると、口の中に血の鉄っぽい味が広がった。
五十嵐佑真。五十嵐佑真が必要だった。
彼の番号の上で指が止まる。お願い、出て。お願い。
「水希?」
彼の声は眠そうで、どこか遠かった。背景には機械のビープ音や、くぐもった話し声が聞こえる。
「佑真、すごく痛いの。お腹が……もう、無理……」
息を詰まらせ、私はさらに体を丸めた。
「帰ってきてくれない?病院に行かないとダメだと思う」
沈黙。それから、背景に女の人の声が聞こえた。立花杏弥の声だ。
「立花杏弥の容体が急変した」
五十嵐佑真の声は、眠たげなものから心配そうなものへと変わっていた。でも、その心配は私に向けられたものじゃない。
「彼女、俺じゃないと安心して任せられないって言うんだ。痛み止めでも飲んでくれないか?今は患者から離れられない」
患者。
「五十嵐佑真、お願い。こんな痛み、今まで感じたことないのに――」
「水希、緊急の患者を見捨てるわけにはいかないだろ。彼女の容体は本当に深刻なんだ。市販の痛み止めを飲んで、どうか朝まで待ってくれ。頼む。朝一番で必ず帰るから」
通話は切れた。
スマホを見つめる。画面の光が、涙で濡れた私の顔に影を落としていた。電話を切られた。
今日は私の誕生日だった。三十歳になった夜を、私は一人で過ごした。彼が冷え切った夕食と溶けたケーキのもとへ帰ってくるのを待ちながら。
止まらない震えを堪えながら、スマホのメモアプリを開く。そこにはもう、リストがあった。まるで意地の悪い旧友のように、私を待ち構えていた。
五十嵐佑真が私より立花杏弥を選んだ回数:97回。
わざとゆっくりと、数字を打ち込んだ。97。今夜の出来事をリストに加えるとき、胸を締めつける痛みに比べれば、お腹の痛みなど何でもなかった。
九十七回。彼が彼女を選んだ回数。
今夜のついさっきまでの出来事が、まるで遠い昔のことのように感じられた。五時半に仕事を終えて、胸を躍らせながら急いで家に帰った。三十本の蝋燭。近所のパン屋さんで買った小さなチョコレートケーキのために、きっかり三十本の蝋燭を用意した。豪華なものではないけれど、私のバースデーケーキ。
ダイニングルームを、魔法のような空間に変えた。スピーカーからは静かなジャズを流し、特別な日にしか使わない上等な食器を並べ、限られた予算の中から奮発して買った花を飾った。クローゼットには、五十嵐佑真のお気に入りだった赤いドレスが、出番を待っている。洗面所の鏡の前で、笑顔の練習までした。
「三十歳の誕生日おめでとう、私」
鏡の中の自分に囁きかけ、細いストラップを直す。五十嵐佑真はきっと、今夜を気に入ってくれる。そうに決まってる。
一本一本、蝋燭に火を灯していく。暖かい光が部屋を満たしていくのを、ただ見つめていた。シャンパンは冷えていて、パスタは完璧だった。彼のお母さんに教わった通りに一から作った、彼の大好物のカルボナーラ。準備は万端だった。
あとは、彼さえいれば。
八時が過ぎ、九時が過ぎた。そして十時も。
ダイニングテーブルに座ったまま、蝋燭が燃え尽きていくのを見ていた。溶けた蝋がテーブルクロスに溜まっていく。パスタは冷めて固まり、シャンパンは炭酸が抜けてしまった。彼のためだけに履いたヒールのせいで、足が痛い。
渋滞がひどいのかも。難しい症例に捕まっているのかも。サプライズを計画しているのかも。
でも、心の奥底では分かっていた。これまで九十六回も味わってきたのと同じ、胸糞の悪い感覚が、石のように胃の中に沈んでいく。彼は来ない。今夜は。私のためには。
十一時半、ついに諦めた。ヒールを脱ぎ捨て、ケーキへと歩み寄る。裸足の足裏に、硬い床の冷たさが伝わってきた。三十の小さな炎が目の前で揺らめき、壁に踊る影を落としている。
「願い事をして」
私は自分に囁いた。
五十嵐佑真が、私を選んでくれますように。一度だけでいいから。今夜だけでいいから。
三十本の蝋燭を一度に吹き消したけれど、それはお祝いというより、降参のように感じられた。部屋は暗闇に沈み、私は手探りで電気のスイッチを探す。がらんとしたキッチンの灯りの下では、何もかもが違って見えた。それはあまりに哀れな光景だった。溶け落ちた蝋燭、手つかずの料理、そして栓を抜かれることのなかったシャンパン。
それでも、ケーキを一切れ切り分けた。チョコレートは甘すぎたけれど、赤いドレスを着たまま、カウンターで立ったままそれを食べた。きっと目の下にはマスカラが滲んでいるだろう。
「誕生日おめでとう、浅見水希」
誰もいない部屋に向かって言った。
「少なくとも、私にはまだ私がいるじゃない」
でも、本当にそうなのだろうか?
午前三時、ようやくソファでうとうとし始めた頃――今夜は私たちのベッドで眠る気にはなれなかった――スマホが震えた。
『立花杏弥の容体は安定した。今夜は本当にごめん。明日は必ず埋め合わせをするから。誕生日おめでとう、水希』
文字が滲むまで、そのメッセージを見つめていた。明日。いつも明日。いつも後で。いつも立花杏弥の次。
考えるより先に、指が動いていた。
『気にしなくていい。もうお祝いは済ませたから』
彼の返事を待たずに、スマホを伏せて枕を頭から被った。けれど、眠りは訪れない。代わりに、必死に忘れようとしていた記憶が頭の中を巡り始めた。
最初は二年前。私たちの結婚記念日のディナー。立花杏弥が胸の痛みで電話してきて、五十嵐佑真は二人用のテーブルに私を一人残して去っていった。
二回目は、私の昇進祝い。立花杏弥の不安発作。
三回目は、クリスマスの朝。祝日を一人で過ごすことへの、立花杏弥のパニック発作。
四回目は……。
五回目は……。
そして、九十七回目に至るまで。
そのたびに、私は自分に言い聞かせてきた。これはただの彼の仕事なのだと。彼は良い医者で、思いやりのある人なのだと。そもそも、私が彼に恋をしたのはそういうところだったのだから。でも、いつの間にか、彼の立花杏弥への思いやりは、何か別のものになっていた。私の人生の主役の座から、私自身を追いやってしまう何かに。
ソファの上でさらに体を丸めると、お腹はまだ痛み、心は空っぽに感じられた。明日になれば、五十嵐佑真は花束と謝罪の言葉を抱えて帰ってくるだろう。彼はいつものように言い訳を並べるだろう。立花杏弥がどれほど彼を必要としていたか、患者を見捨てることはできなかった、と。そして、必ず埋め合わせをすると約束するのだ。
そして私は、彼を許すのだ。また。
だって、それが私のいつものやり方だから。これまで九十六回も、そうしてきたのだから。
でも、私の人生で最高の誕生日になるはずだった夜の暗闇の中で横たわっていると、何かが違うように感じられた。三十歳になったからかもしれない。まだ腹部に広がる痛みのせいかもしれない。あるいは、ただ、九十七回分の失望の重みが、ついに背負いきれないほど重くなってしまっただけなのかもしれない。







