第2章
翌朝、私はヘッドボードに背を預けていた。
蓮が洗面所で歯を磨いている。水の音が断続的に聞こえてくる。私は深く息を吸った。
「起きたんだ、早いね」蓮が洗面所から出てきた。濡れた髪はまだ水滴を滴らせている。濃紺のジーンズに、上は白いTシャツだけ。もし私が真実を知らなければ、これはまさに完璧な恋人の姿そのものだった。
「うん……ちょっとお腹の調子が悪くて」私はわざと眉をひそめ、腹部に手を当てた。
蓮はすぐに駆け寄ってきてベッドに腰掛けた。彼の目に何かがよぎった。私には捉えきれないほど一瞬のことだった。「どうした? 昨日の夕食が合わなかったか?」
「たぶん。それか、もしかしたら……」私は言葉を切り、彼の反応を窺った。「そろそろ、あの日が来る頃だから」
嘘だ。本当は「あの日」はもう二週間も遅れている。でも、彼の反応を見る必要があった。
蓮の表情が幾分和らいだ。だが、私はある細部を見逃さなかった。彼の肩が、安堵したかのようにわずかに落ちたのだ。
どうして安心するの? 私が妊娠することを望んでいなかったってこと?
「先生に行くか?」彼が私の額に触れようと手を伸ばしてきたので、私は自然に身を寄せた。
「大丈夫、少し休めば治るから」私は探るように彼を見上げた。「今日も、また帰りは遅いの?」
単純な質問だったが、蓮が答えるまで、まる三秒の間があった。「コーヒーショップの……帳簿整理があって」
『前の人生の私は、愚かすぎた。どうして、こんな躊躇に一度も気づかなかったんだろう』
「帳簿整理?」私は戸惑ったふりをした。「お店、そこそこの経営だって言ってなかった? そんなに整理する帳簿があるの?」
蓮は立ち上がり、クローゼットのシャツを整理しながら私に背を向けた。「小さな商売でも、正確な記録は必要なんだ。国税庁の監査はすごく厳しいからな」
彼の答えは理にかなっている。
「じゃあ、私は今日家で絵を描いてる。お仕事の邪魔はしないから」
「わかった。無理するなよ」蓮は振り返り、私の額にキスをした。「愛してる」
『その言葉を、私もかつては信じていた』
蓮が出て行った後、私はすぐに起き上がって身支度を整えた。窓から、彼が黒い本田に乗って走り去るのを見送る。ごく普通の車、ごく普通の彼氏、ごく普通の生活。
でも今の私にはわかる。その平凡な表面下に何が隠されているのかが。
私は蓮を尾行し、コーヒーショップの向かい側に陣取った。窓は通りに直接面しており、店の入り口がはっきりと見える。私はスケッチブックを取り出し、空白のページを開いた。
目の前の通りの光景をスケッチし始める。コーヒーショップの外観、ドアのそばの花壇、隣のクリーニング店。これらはすべて背景だ。重要なのは、その中で動く人々。
正午、奇妙なことが起きた。黒いSUVが店の前に停まり、ダークスーツの男が降りて店に入っていくのが見えた。コーヒーを買いに来た客には見えない――服装がフォーマルすぎるし、中にいたのはわずか五分ほどで出てきてしまった。
私は急いでこのディテールをスケッチブックに記録した。SUVのおおよその車種や、男のシルエットも。
午後二時、コーヒーショップは閉店した。
『待って、午後二時に閉まる?』
おかしい、蓮はいつも店は夜七時まで開いていると言っていたはずだ。どうしてこんなに早く閉めているんだろう?
携帯が鳴った。蓮からだった。
「やあ、彩花。具合はどう?」
「だいぶ良くなったわ」私は通りの向こうにある、今は閉まっているコーヒーショップを見つめながら答えた。「あなたは何をしてるの?」
「まだ帳簿の整理をしてる。すごく遅くなるかもしれないから、待たなくていいよ」
「そんなに帳簿、複雑なの?」私はわざと心配そうな声を出した。「手伝おうか? そっちに行こうか?」
「だめだ!」彼の口調が急に苛立ったものになった。「いや……数字ばっかりで退屈だから、君は家で絵でも描いてる方がいい」
「わかった」私はわざとがっかりした声で言った。「じゃあ、お仕事頑張って」
これは絶対に、普通のコーヒーショップの仕事じゃない。
翌日、私はもっと直接的な行動に出ることにした。莲が「仕事」に行っている間に、私は車を運転して浜野市立図書館へ向かった。彼の過去を調べるなら、公的な記録から始める必要がある。
図書館の資料室は地階にあり、薄暗く静かだった。マイクロフィッシュ・リーダーのスクリーンが、青白い光を放っている。
「ある家族についての資料を探したいのですが」私は司書に言った。
「年代は? 名字は?」彼女は五十代くらいの女性で、分厚い眼鏡をかけていた。
「篠宮家……三十年ほど前の新聞記事です」
篠宮有栖は蓮の継母の名前。前の人生で、彼の口からぽつりぽつりと聞いた数少ない情報の一つだ。蓮は彼女のことについては滅多に話さず、ただ自分が幼い頃に亡くなったとだけ言っていた。
「篠宮家……調べてみますね」司書はコンピューターに打ち込んだ。「二十年前の新聞のアーカイブがいくつかありますね」
彼女はマイクロフィッシュをセットしてくれ、私は機械の前に座って検索を始めた。
ありふれたニュースを一枚一枚めくっていく。そして、一九九五年三月号の藤都日報に、私は衝撃的な見出しを見つけた。
「捜査官の篠宮有栖、殉職。八歳の継子遺し」
私の手は調整ノブの上で止まった。
有栖は警視庁の捜査官だった?
私は記事を読み進めた。
「三十五歳の刑事、篠宮有栖が、極秘任務の遂行中に悲劇的な死を遂げた。篠宮刑事は組織犯罪対策部に十年勤務し、その卓越した潜入能力で知られていた。夫は二年前に交通事故で亡くなっており、八歳の継子、蓮を遺した。子供は篠宮刑事の同僚たちの手配により、里親制度に預けられる予定……」
心臓が速鐘を打っていた。
継子の蓮……
私はすぐに携帯を取り出し、メモに記録した。「篠宮有栖 警視庁 組織犯罪対策部 殉職 継子 蓮 里親へ」
これで多くのことの説明がつく。もし蓮が警視庁の同僚たちに育てられたのなら、もし彼が継母の「稼業」を継いだのだとしたら……
だとしたら、私に近づいた本当の目的は何? 誰への復讐? なぜ?
『ふざけないで、蓮。あなた、いったい何者なの?』
私は関連する記事を探し続けたが、ほとんどの内容は「機密扱い」や「捜査中」として墨塗りされていた。ただ一つ、深く印象に残ったディテールがあった。篠宮有栖が最後に担当した事件には、「深海」というコードネームが付けられていた。
深海……
