第3章 仕事に戻る時間
エマ視点
下町東側は、二年前と変わらない景色だ。壊れた街灯、どの建物も剝げかけた塗装。隣人がどんな仕事で生計を立てていようと、誰も何も訊かない。そんな地区だ。
アパート3B号室へと続く階段を上る。鍵は今もぴったりと合った。私が金を払った通り、誰かがこの場所を管理してくれていたようだ。
中に入ると、すべてが私が出て行った時のままだった。安物の家具、遮光カーテン、誰も怪しまないような、ありふれたものばかり。だが、ここに来た目的はこれじゃない。
壁の三つの箇所を正しい順番で押すと、カチリと小さな音を立てて、隠しパネルが開いた。
息を呑んだ。すべてが、まだそこにあったからだ。拳銃、ナイフ、ボディアーマー、通信機器。すべてが清掃、整備され、いつでも使える状態になっている。まるで私を待っていたかのように。
最初にピストルを手に取った。二年もの間、マティーニグラスやブランドのバッグばかり持っていた手には、奇妙な感触がした。だが、マガジンを確かめると、私の指はやるべきことを正確に覚えていた。
慈善パーティーと読書会に明け暮れた二年間。フラワーアレンジメントやハンプトンズの別荘なんかに本気で関心があるふりをしていた二年間。
ドレスを脱ぎ捨て、黒のタクティカルギアを身に着ける。ホルスターは腰に完璧に収まった。ナイフは太ももに。予備のマガジンは胸ポケットへ。
これこそが、本当の私。
棚の小さな箱から金貨を一枚手に取る。その重みは馴染み深く、安心させてくれる。謎めいたシンボルは、いつものように光を捉えていた。
「仕事に戻る時間だ」
外に出た瞬間、何かがおかしいとわかった。
通りが静かすぎる。遅い時間の通勤者も、夜を明かすために寝床を準備するホームレスもいない。ただ空っぽの歩道と、深すぎるように見える影だけ。
無意識に手が武器に伸びる。出入り口、非常階段、誰かが隠れていそうなあらゆる場所を視線が探る。
最初の一発は、どこからともなく放たれた。
弾丸が耳を掠め、その熱を感じるほどの至近を風切っていく。脳が事態を把握するよりも早く、私は駐車してあった車の陰に飛び込んでいた。
転がりながら、アスファルトで手のひらを擦りむく。くそっ、腕がなまってる。二年前の私なら、あの狙撃手がクリーンショットを撃つ前に気配を察知していただろう。
「いたぞ!スワンズだ!懸賞金は一億だ!」
「囲め!ホテルに行かせるな!」
心臓が馬鹿みたいに高鳴っているのに、身体に染みついた記憶が勝手に動き出し、武器を抜く。
深呼吸。照準を合わせる。引き金を引く。
最初の一発は大きく逸れ、狙撃手の肩を辛うじて掠めただけだった。
ちっ、二年間銃を握らなかったブランクは大きい。
だが、二発目はターゲットを捉えた。通りの向こうで誰かが悲鳴を上げる。三発目で、郵便ポストの陰にいた男が崩れ落ちた。
もうこの手は思い出している。グリップの握り、反動、滑らかな引き金の感触を。
金属に弾丸が弾け、ガラスを砕く中、車から車へと身を隠しながら移動する。狭い通りは、一発ごとの銃声を大砲のように響かせた。
狙撃手は三人仕留めた。増援が来る前に動かなければ。
遮蔽物から飛び出した瞬間、遠くでバイクのエンジン音が聞こえた。複数台。だんだん近づいてくる。その音は雷鳴のようにビルに反響する。
歩道脇に赤い車が停まっている。エンジンはまだ温かい。持ち主がスナック菓子を手に、困惑した表情で店から出てくるところだった。
私は彼に向かって全力で走る。
「ごめんなさい、緊急事態なの!」
「おい! 俺の車だぞ!」
男は私に手を伸ばすが、私はすでに運転席に滑り込んでいた。
エンジンが唸りを上げ、アクセルを床まで踏み込む。タイヤがアスファルトを引っ掻き、悲鳴を上げた。バックミラーの中で、少なくとも五台のバイクが角を曲がってくるのが見えた。
最初の銃弾が、リアガラスに蜘蛛の巣状のひびを入れる。私は身を屈めながらハンドルを左に切り、車をコントロールされたスライドで角を曲がらせた。
マンハッタンが戦場と化した。車のフレームに弾丸がキンと音を立てて当たる中、私は交通の合間を縫って走る。バイクは速いが、この通りは私の方がよく知っている。
二年間の郊外での平和な暮らしは、この感覚を忘れさせるところだった。鋭く研ぎ澄まされた集中力、追跡中に時間が引き延ばされるようなあの感覚。私は、このために生まれてきた。
車一台がやっと通れるほどの狭い路地へと、思い切りハンドルを切った。狭い空間では、バイクの機動性が逆に仇となる。ミラーがレンガの壁を擦り、嫌な音を立てながら、針の穴を通すように駆け抜ける。
背後でエンジン音が遠ざかっていく。とりあえずは、撒いたようだ。
交差点の近くで盗んだ車を乗り捨て、地下鉄へと向かう。地下のトンネルを使えば、見つからずにホテル近くまで行けるはずだ。
だが、階段を下りている途中で、それが間違いだったと気づく。カジュアルな服装の男三人が、終電を待っているふりをしてホームに散らばっていた。
その立ち位置で、連中だとすぐにわかった。警戒心が強すぎるし、互いの距離が不自然に離れている。そして、あからさまに視線を合わせようとしないその態度は、「俺たちはグルだ」と叫んでいるようなものだった。
武器になりそうなものを探してあたりを見回す。線路脇に捨てられた傘。私の銃。それくらいだ。
私が周囲を見渡し終わる前に、最初の一人が動いた。ナイフを手に突進してくる。狭い場所なら簡単に仕留められるとでも思ったのだろう。
私は傘を掴み、その先端を男の喉元に突きつけながら、同時に腹へ膝蹴りを叩き込んだ。衝撃に、男はたたらを踏んで後ずさる。
「このアマ!」
男は体勢を崩しながら、喘ぐように言った。
二人目の男も刃物を手に、左から襲いかかってくる。私は傘をへし折り、そのギザギザになった先端で男の突きを受け止めた。折れた金属がナイフとぶつかり、甲高い音を立てる。
三人目の男が背後に回り込もうとする。私は二人目の男を線路へと突き飛ばし、彼が感電レールに触れまいと慌てふためくのを横目に、最後の敵へと向き直った。
三分後、三人は全員地に伏していた。私は服の乱れを直し、何事もなかったかのように出口へと歩き出す。地下鉄の、ありふれた夜の一コマにすぎない。
ホテルが、まるで大聖堂のように目の前にそびえ立っていた。クラシックな建築様式、縦長の窓から漏れる温かい光。聖域までは、わずか五十メートルだ。
しかし、その五十メートルが五十キロにも感じられた。少なくとも十数人の暗殺者たちが、何気ない歩行者を装って歩道に集結している。
「来たぞ!」
「中に入られたら手は出せない。ホテルのルールだ」
「ならば待つさ。一億だ、待つ価値は十分にある。あの中に永遠にいられるわけじゃない」
私は深呼吸を一つして、走り出した。こそこそ隠れたり、小細工を弄したりはしない。ただひたすら、安全地帯へと一直線に突き進むだけだ。
入り口まで二十メートル、というところで全員が一斉に私に振り向いた。手が武器へと動くが、まだ誰も抜こうとはしない。彼らはルールを知っている。それを破ることを、誰もが恐れているのだ。
「どけ!」
私は叫び、銃を抜いて天に向けた。
空に向かって一発撃つ。その銃声は、まるでスタートの合図のようにビル群にこだました。
誰もが、私が必要としていたほんの一瞬だけ、動きを止める。私はその躊躇の隙を突いて、ホテルエントランスまでの最後の二十センチを駆け抜けた。
重い扉を押し開けると、私の足音が大理石の床に響き渡った。街の喧騒は瞬時に消え、代わりに穏やかなクラシック音楽と、噴水の優しい水音が耳に届く。
クリスタルのシャンデリアが大理石の柱に温かい光を投げかけ、空気は高級なコロンと古木の香りで満たされている。ここが、コンチネンタルホテル。暴力が支配する世界における、最後の聖域なのだ。
私は扉に背を預け、その重みを感じる。外では、あの暗殺者たちはただ待ち、手に入らぬものを夢見て悪態をつくことしかできない。
ここに来るのは二年ぶり。心から安全だと感じられたのも、二年ぶりだ。ここは、すべての暗殺者が武器を置かねばならない唯一の場所。血を流すことが許されず、たとえ敵同士であっても、平和裏に共存することが義務付けられている。
ここのルールは単なる推奨事項ではない。神聖不可侵の掟なのだ。それを破れば、世界中のすべての暗殺者を敵に回すことになる。
マーカスの屋敷を出て以来、初めて深く息を吸い込んだ。ようやく、安全な場所にたどり着いた。
「コンチネンタル内での仕事はご法度です」
聞き覚えのある声が、静かなロビーを切り裂いた。
「ようこそ、スワンズさん」
自然と笑みがこぼれるのを感じながら、私は振り返った。完璧なスリーピーススーツに身を包んだ老紳士が、こちらへ歩いてくる。その表情は穏やかだが、すべてお見通しといった眼差しだ。ニューヨーク・コンチネンタルの支配人、ウィンストン。私の、古くからの友人だ。
