第34章

彼女はたぶん、世の男はみんな自分のその手に引っかかると思っているのだろう。

けれど藤原聡は、余計な視線ひとつくれなかった。

私の傍まで来ると、椅子の背に掛けてあった上着を取り、何事もなかったみたいに自然な動きで差し出してくる。さっきの一幕など、最初から存在しなかったかのように。

「行こう。契約の細部、詰めるんだろ」

低く落ちた声は、私の耳にだけ、はっきり届いた。

白原秋穂が丹念に用意した色目は、空気に向かって投げられただけで終わった。

彼女の笑みが顔に貼り付いたまま固まり、両手が気まずそうにスカートの裾を握りしめる。衆目の中で、道化そのもの。

私は頷いて立ち上がる。林原雨子とそ...

ログインして続きを読む