第60章

彼が水を飲む仕草を眺めていると、ふいに一つの考えが脳裏をよぎった。

たしか、秘書が何気なく言っていた。藤原聡は、私生活ではワインのテイスティングが好きだと。

「ちょっと待ってて」

そう言い残して、私は踵を返し、地下のワインセラーへ向かった。

白原家のセラーは、母が生前こだわって手入れしていた場所だ。市場にはなかなか出回らない銘酒が、ずらりと眠っている。

記憶を頼りに、いちばん奥の棚から一本を引き抜いた。

ロマネ・コンティ。

母が、私の十八歳の誕生日のために取っておいたもの。もったいなくて、ずっと手をつけられなかった。

――けれど、今日だけは。彼のために開けたいと思った。

ボ...

ログインして続きを読む