第57章

白井桃奈はつま先立ちになり、紅い唇を彼の顎先へと寄せた。熱を含んだ吐息に、甘ったるい香水が絡みつく。

「……私のこと、恋しくないの? 姉ちゃんと結婚してたあの数年だって、ずっと私が戻るの待ってたんでしょ。ねえ、やり直そうよ」

「凌輝兄、ちゃんと見て。私、雪奈に負けてない。雪奈よりあなたを愛してるし、あなたのことも分かってる」

囁きながら、桃奈は唇を重ねようとする。

だが——吐息がさらに近づき、誘いと探りを混ぜた目が、至近距離で彼を覗き込んだその瞬間。

小林凌輝の脳裏をよぎったのは、別の顔だった。

冷たく、距離があり、眼差しはいつも静かで……時に嘲るようにさえ見える。

雪奈。

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