チャプター 7

キャスパー視点

ノアは俯いたまま俺の問いには答えず、まるで大切な宝物のように、その星形の栞を優しく撫でている。

俺はため息をつき、彼を問い詰めるのを諦めた。

「いいさ」俺は囁くように言った。「明日、俺が直接会わせてやるから」


翌朝。

朝のコーヒーを味わう間もなく、控えめなノックの音が俺の思考を中断させた。

書斎のドアを開けると、そこに広がっていた光景に俺は完全に度肝を抜かれた。

ドアの前に立っていたのはノアだった。すっかり身支度を整え、絵筆と画用紙を詰め込んだ小さなリュックを背負い、言われなくてもジャケットまで羽織っている。

これは、絶対に普通じゃない。

普段、ノアをどこかへ連れて行くには、エドワードがなだめたり、物で釣ったり、時には軽く脅したりと、あらゆる手を尽くして大騒動になるのが常だった。

「旦那様」背後からエドワードの声がした。「若様は今朝早くにお目覚めになり、ご自分で朝食を済まされ、それからずっとドアのそばでお待ちになっておられました」

俺はしゃがみ込み、期待にきらきらと輝くノアの瞳を覗き込んだ。

「そんなにルミナス・ギャラリーに行きたいのか?」俺は優しく尋ねた。

ノアは力強く頷くと、小さな指でドアを指差し、準備万端だと合図した。

息子の熱狂的な反応を見て、俺は何とも言えない気持ちになった。あのア Audrey Lane とかいう女は、一体どんな魔法を使ったんだ?普段は心を閉ざしている息子が、これほどまでの期待を見せるなんて。

「なら、行こう」俺は立ち上がった。「今日は俺が自らギャラリーまで運転しよう」

エドワードは明らかに驚いたようだったが、すぐにその表情を隠した。「旦那様、本日のご予定が……」

「延期しろ」俺はそっけなく答えた。「仕事の会議より重要なこともある」


高級セダンが滑るようにギャラリーへ向かう間、車内の空気はどこか気まずかった。

俺はバックミラー越しにノアの様子を窺った。彼はチャイルドシートに座り、カーナビの画面に夢中だった。ルミナス・ギャラリーに近づくにつれてルートを目で追い、距離が縮まるたびに、その瞳は一層輝きを増していく。

俺は話しかけてみた。「ノア、レーンさんのことが本当に好きなのか?」

彼は俺の方を向いて頷いた。

「どうしてだ?」俺は続けた。

ノアはすぐには答えず、真剣にその質問を考えているようだった。やがて、自分の考えをうまく言葉にできないと判断したのか、彼はただスケッチブックを取り出して、そこに大きな文字でこう書いた。『やさしい』

午前九時半、俺たちはルミナス・ギャラリーに到着した。

受付エリアで三十分近く待ったが、オードリー・レーンはまだ現れなかった。

俺は苛立ち始めていた。この俺をこれほど待たせる人間は、そうそういない。

しかし、ノアは珍しく忍耐強く、静かに椅子に座って時折入り口の方に目をやっていた。

ギャラリーの支配人であるスミス夫人が、どこか気まずそうな様子で俺たちに近づいてきて説明した。

「ソーントン様、大変申し訳ございません。ブラウンさんはすでに解雇いたしました」

俺は返事をせず、腕時計に目を落とした。「レーンさんはあとどのくらいで着くんだ?」

「たった今レーンさんから連絡がありまして、交通渋滞に巻き込まれているとのことです。まもなく到着するはずです」スミス夫人は早口で慎重に答えた。

それを聞いた途端、ノアは椅子からぱっと立ち上がった。彼の目は目に見えて輝き、その小さな体ごと入り口の方を向いた。

ちょうどその時、俺の携帯が鳴った。会社からの緊急の電話で、重要な合併案件に問題が発生したため、すぐに対応が必要だという。

「スミス夫人」俺は支配人に言った。「空いているオフィスを借りられないか?急ぎの仕事が入ってしまった」

スミス夫人はすぐさま恭順な態度になった。「もちろんです、もちろんでございます!ソーントン様、こちらへどうぞ」

俺はノアの方を向いた。「パパは少し仕事を片付けないといけない。ここでレーンさんを待っていられるな?」

ノアは頷いたが、その視線は入り口に注がれたままだった。


借りたオフィスで、俺は複雑な商談をこなしながらも、心ここにあらずで、あのア Audrey Lane という女のことを考えていた。通話の合間に、俺はアシスタントに指示を出した。

「ジェームズ、若い女性が喜ぶような贈り物を手配してくれ」

「どのような贈り物でしょうか、ボス?ビジネス用の、それとも……」ジェームズの声には探るような響きがあった。

「若いアーティストにふさわしいものを」俺は簡潔に答えた。「敬意と感謝が伝わるようなものだ」

電話の向こうで数秒の沈黙があった。それからジェームズが慎重に尋ねてきた。「ボス、そのアーティストというのは……ひょっとして……」

「ひょっとして何だ?」俺は彼の歯切れの悪い物言いに戸惑った。

「つまり……ノア様のお母様のような……」

ジェームズが言い終わる前に、俺は彼の言葉を遮った。「ジェームズ、どこまでが許される範囲か、お前なら分かっているはずだ」

電話の向こうの空気が一瞬で凍りついた。長い沈黙の後、ジェームズが震える声で言った。「申し訳ありません、ボス。出過ぎた真似をいたしました」

「上質で実用的な画材を一式購入しろ」俺は冷たく命じた。「一時間以内にルミナス・ギャラリーに届けさせろ」

電話を切った後、俺は深呼吸した。ノアの母親の話題は永遠の禁句だ。誰であろうと、その話題に触れることは許されない。

ふと、オフィスのガラス窓越しに目をやると、慌てた様子で駆けつけてくる人影が見えた。若い女性がノアの前にしゃがみ込んでいる。緩くウェーブのかかった長い髪、華奢な体つきで、シンプルだがどこか気品のある服を着ていた。

ノアの顔が、ぱっと喜びで輝いた。

息子のその反応を見て、俺はすぐに新参者が誰であるかを理解した。俺はスーツのジャケットを整えた。いよいよ、待ちに待ったオードリー・レーンと対面する時が来たのだ。

オフィスのドアを押し開け、彼らに向かって歩き出すと、奇妙な既視感に襲われた。

不思議な感覚だった。まるで、遠い昔、どこかでこの女性に会ったことがあるような……。だが、それがいつ、どこでのことだったか、まったく思い出せなかった。

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