第6章
鈴木朱音はさすがに面目が立たなくなり、こほんと咳払いしてそれとなく注意を促した。
だが宝飾師は清水恵美にばかり愛想よく話しかけ、朱音のことなど完全に眼中にない。まるで今日の主役は清水恵美だと言わんばかりだった。
清水恵美の視線が、米崎梨央と鈴木朱音の間を行き来する。
さっきの一件は、はっきり見えていた。
娘が狙い撃ちにされている。
恵美は迷いなく梨央の腕を取り、自分の隣へ引き寄せた。
「夏川先生は宝飾界の鑑定の権威ですものね。皆がね、この子のネックレスは偽物だって言うの。先生はどうご覧になります?」
夏川武は表情を引き締め、梨央の首元を凝視した瞬間、思わず声を上げた。
「これは――血涙の城だ! ジェルシー先生の『血涙の城』……!」
鈴木朱音が焦って一歩前に出る。
「血涙の城なら、私が着けてるこっちです! お姉さんのその偽物、どこで手に入れたんですか?」
「偽物だ偽物だって言うなら、まず根拠を出してよね」
宝飾師が眉をひそめ、容赦なく朱音を見た。
「どう見ても、偽物なのはあなたのほうでしょう。米崎さんのを偽物扱いするのは筋が違うわ」
その一言に、朱音は固まった。背後の取り巻きたちも、目を見開いて言葉を失う。
「え、間違ってない? 鈴木朱音が偽物なんてあり得る? 鈴木家のお嬢さまだよ?」
「だから何だ」夏川武が言いかけ、清水恵美の視線を受けて慌てて咳払いした。
そして、ぎこちなく言い直す。
「……こちらのお嬢さんのネックレスが、ジェルシー先生の真作です。先生は偽物を見分けやすくするため、主石の裏に必ず真贋コードを刻んでおられる。皆さん、確認してください。主石の裏に刻印があるのは、どちらのネックレスですか」
その場の空気が、ぴたりと止まった。
鈴木朱音は棒のように固まり、指一本動かせない。
自分のが偽物だなんて、本人が一番よく分かっている。だが、米崎梨央のが本物だなんて絶対に信じたくなかった。
ただ同じ型の精巧な模造品が、偶然かぶっただけだ。
この場で「鈴木家の令嬢」が、本物を着けている確率は高い。そう思い込むのが当然だった。
なのに宝飾師は面子を潰し、米崎梨央こそ本物だと言い切った。
――あり得ない。
朱音は手足の血が引くのを感じたまま、立ち尽くす。
米崎梨央は冷ややかに一瞥し、口元を吊り上げて鼻で笑うと、先にネックレスを外した。拳ほどもある宝石をくるりと返す。
主石の裏の真贋コードが、衆目の前にくっきりと現れた。
鈴木朱音の顔から血の気が引く。
本物……? あれが……?
農場と、せいぜい数枚の土地しかないような貧乏な家が、本物の宝飾品を持っているはずがないのに。
「じゃあ、あっちは本物ってことか。コードがあるもんな。鈴木朱音のほうが偽物ってこと?」
「鈴木家のお嬢さま、帰ってきて早々に偽物でパーティーって……家で宝石も買えないの?」
「買えるけど、最高級は無理なんじゃない? ここで見栄張ろうとしてさ。米崎のほうが本物だったから、朱音が馬脚を出したってわけ」
鈴木家と縁の薄い連中が、ひそひそと囁き合う。声の端には、分かりやすい嘲笑が混じっていた。
鈴木朱音は一瞬で笑い者になった。
悔しさと焦りで胸が焼けるのに、どうすることもできない。ただ、米崎梨央を睨みつけるしかなかった。
そのとき、取り巻きの七宮寧々が飛び出し、朱音をさっと背に庇った。
「じゃあ、あんたの家はどうやって本物を買えたわけ? 朱音のとすり替えたんじゃないの?」
米崎梨央が眉を寄せる。
「証拠は?」
七宮寧々が言葉に詰まる。
「証拠はないけど、でも私は――」
言い終える前に、梨央の手が上がった。
ぱぁん、と乾いた音。
七宮寧々は不意を突かれて頬を打たれ、顔を背けたまま目を見開く。
「……あんた、私を叩いた?」
周囲も凍りつく。
「ろくに確かめもしないで人を貶めるなら、叩かれて当然」米崎梨央は冷笑し、手首を軽く振った。
その瞬間、外でキィィ、と鋭いブレーキ音。
誰かが振り向き、次の瞬間、人波がどっとざわめいた。
「新村家の当主だ、新村慎之介が来たぞ!」
米崎梨央の動きが一瞬止まる。
「新村慎之介だって? 朱音、あの人まで呼べたの!?」
「新村グループの中でも一番表に出ない人物だぞ。普段は誰にも愛想をしないし、女の噂も皆無。朱音の顔を立てたってことは、興味があるんじゃ……?」
「やっぱり朱音は格が違う。これが鈴木家の令嬢の本当の力だよな」
称賛の言葉を浴び、鈴木朱音は先ほどの気まずさをすっかり取り戻す。ぱっと明るく笑い、スカートの裾をつまみ、小鳥のように駆け寄った。
「新村さん」
甘く澄んだ声。さっきまでの刺々しさは影もない。
「お忙しい中、私のパーティーにお越しいただいて……本当にありがとうございます」
新村慎之介の視線が朱音の顔に落ちる。だが、ほんの一瞬で悟った。
違う。
あの夜、踏み込んできた女ではない。
彼は目を細め、すぐに視線を逸らすと、朱音の挨拶をまるで聞かなかったかのように黙した。
公然と無視された朱音は、笑顔を保つのもやっとだ。
米崎梨央は、ばかばかしいと鼻で笑った。
頬を打たれた七宮寧々は怒りが収まらず、梨央の「面白がっている」視線に気づくと、ようやく掴んだとばかりに吐き捨てる。
「何見てんのよ。ああいう男は、あんたとは違う世界の人。昔、鈴木家の偽の令嬢だったあんたが早宮家との縁談に引っかかれたのは、鈴木家が必死に持ち上げてくれたからでしょ。今の身の上じゃ、タダでも男は寄りつかないわよ!」
鈴木朱音が振り返り、今にも吹き出しそうになる。だがすぐに慌てたふりをして七宮寧々の腕を引いた。
「寧々、言い方があるでしょ。そんなふうにお姉さんを……お姉さんだって鈴木家の娘なんだから……」
「鈴木家の娘?」七宮寧々が嘲るように遮る。「田舎のどん底で育った貧乏娘でしょ。あの家に何があるのよ。早宮悠人に釣り合うわけない。宝飾品だって一式しかないじゃない。どこから持ってきたかも怪しいし!」
「そんなこと……」鈴木朱音は言いかけて、困ったようにため息をつく。止めたいのに止められない、という体裁だけを丁寧に作った。
娘がここまで侮辱されるのを見て、清水恵美は堪えきれなかった。
彼女は大股で歩み寄り、新村慎之介の腕をつかむと、そのまま米崎梨央の前へ引き寄せた。
「誰がうちの娘が早宮家に釣り合わないですって? よく聞きなさい。早宮悠人なんて、うちの娘の靴を揃えるのすらおこがましい!」
そして声を張り上げる。
「見なさい。新村家の後継ぎ、新村慎之介。――この方が、私の未来の婿よ! うちの娘に相応しいのは、この人なの!」
その瞬間、会場が水を打ったように静まり返った。
米崎梨央は口元を引きつらせ、信じられないものを見る目で清水恵美を見た。
あまりに断言するその顔は、まるで本当にもう家族同然だと言わんばかりだ。
梨央は反射的に新村慎之介へ目を向ける。
ちょうど、男の深く暗い眼差しと、真正面からぶつかった。
