第5章論争
役所の外で、ミランダはタクシーを拾って実家へと向かった。
玄関のドアを開けた瞬間、靴を脱ぐ間もなく、激しい口論の声が壁のように彼女を打ち据えた。
「ドミニク! あなた、どうかしてるんじゃないの? それはミランダがまだ一度も袖を通していない新品の服なのよ! あの恩知らずな小娘に勝手に渡す権利がどこにあるっていうの!」
母アラベラの声は怒りに満ちていた。
ミランダは胸を締めつけられ、急いで居間へと向かった。
ソファには、ミランダのクローゼットから持ち出したブランド服やハンドバッグを両腕に抱え、不満げに涙を浮かべたアリアナが座っていた。父ドミニクは、アリアナをかばうように母の前に立ちふさがっている。
「声を落とせ! アリアナはトラウマを抱えたばかりなんだ。怖がらせるんじゃない!」
「私が怖がらせているですって?」アラベラは怒りで震えながら、ドミニクの鼻先を指さした。「あなたの娘は流産したうえに離婚したばかりなのよ! 父親であるあなたは娘の安否すら確認しようとしない。それどころか、娘の人生をめちゃくちゃにした張本人をこの家に連れ込んでご機嫌をとるなんて! ドミニク、あなたには人間の心がないの!」
ドミニクは叱責に顔を真っ赤にしながらも、頑なに言い返した。
「馬鹿なことを言うな! アリアナはお前の妹のたった一人の娘じゃないか! お前の顔を立てて面倒を見てやっているだけだ!」
それを聞いたアリアナは、すかさずその言葉を利用した。彼女は哀れっぽく泣きじゃくりながら、弱々しい声でアラベラに語りかけた。
「おば様、どうか怒らないでください。全部私が悪いんです」
「誘拐された後、すごく怖くて。周りに頼れる家族もいなかったから、おば様たちを頼ろうと思ったんです。ただ、そばにいたくて……」
「私がここにいるとご迷惑だなんて、思いもしませんでした」
彼女は鼻をすすり、服を抱きしめたまま立ち上がった。
「そういうことなら、私、出て行きます。どうせ私にはもう家族なんていないんだから。どこへ行ったって同じです」
この計算高い言葉が、ドミニクの怒りに完全に火をつけた。
彼は振り返り、アラベラを睨みつけた。
「自分の姿を見てみろ! いい大人が子供をいじめるなんて! それが年長者の振る舞いか!」
「お父さん、それは少し違うわ。彼女は私と同い年よ。到底子供とは呼べないわね」
玄関から冷ややかな声が響いた。
ミランダが一歩一歩近づいていくと、ちょうど顔面を蒼白にした母がふらりとよろめくところだった。
彼女は駆け寄り、アラベラを支えた。
「お母さん、大丈夫?」
ミランダは顔を上げ、ナイフのように鋭い視線をアリアナに真っ直ぐ向けた。
「持っているものを下に置いて」
「その服も、そのバッグも。あなたみたいな人間に渡すくらいなら、切り刻んで犬の餌にしたほうがましよ」
ミランダの脳裏に過去の光景がフラッシュバックした。
アリアナがこの家にやって来て以来、母は妹のたった一人の子供であることを思い、彼女を溺愛してきた。
ミランダが持っているものは、必ずアリアナにも与えられた。
ブランド物の服も、限定品のハンドバッグも。彼女がねだれば、母は決して断らなかった。
そして、彼女はその優しさにどう報いたのか?
ミランダの夫を誘惑し、今度は母を怒り狂わせて死に追いやろうとしている。
ミランダの表情は秒を追うごとに冷酷さを増していった。
これ以上、この家からアリアナに何も奪わせるつもりはなかった。
その頑なな態度を見て、ドミニクは激昂した。
「ミランダ! 従妹に向かってなんて口の利き方だ! どうかしてるぞ!」
彼は手を振り上げ、ミランダの頬を平手打ちしようとした。
パァン!
鋭い平手打ちの音が居間に響き渡った。
しかし、殴られたのはミランダではなかった。
どこからそんな力が出たのか、アラベラがドミニクの顔を力任せに張り飛ばしたのだ。
「ドミニク! 私の娘に指一本でも触れてみなさい、ただじゃおかないわよ!」
アラベラの目は真っ赤に血走り、まるで我が子を守る雌獅子のようだった。
「ここは私の家よ! 私の居場所よ! さあ、このアバズレを連れてさっさと出て行きなさい!」
ドミニクは顔を押さえ、ショックを受けたように妻を見つめた。長い沈黙の後、彼はアラベラを憎々しげに睨みつけた。
「いいだろう。上等だ! お前たち二人で、好きなだけヒステリーを起こしているがいい!」
そう吐き捨てると、彼はまだ泣きじゃくっているアリアナの腕を掴んで足早に立ち去り、背後でドアを乱暴に閉めた。
リビングルームはついに静まり返った。
アラベラの体から力が抜け、彼女は今にも崩れ落ちそうになった。
「お母さん!」ミランダは慌てて彼女を支え、ソファに座らせた。
アラベラは娘の手を強く握りしめ、ついにその頬を涙が伝い落ちた。
「私のせいよ。全部、私が悪かったの」
「あの子を可哀想に思って、この家に迎え入れるべきじゃなかった。その結果がこれよ。恩知らずな子を育ててしまったわ!」
彼女は後悔に苛まれながら、自身の胸を叩いた。
「それに、あなたのお父さんもよ。完全に耄碌してしまったのね!」
耄碌した?
ミランダは心の中で苦笑した。
ランカスター社をゼロから上場企業にまで育て上げた抜け目のないビジネスマンが、耄碌するはずなどない。
きっと何か別の理由があるはずだ。
しかし表向きは、彼女はただ優しく母親を慰めた。
「お母さん、病院に行きましょう。お母さんの体が心配だわ」
「いいのよ。私は大丈夫」アラベラは手を振った。「少し取り乱しただけ。休めば良くなるわ」
母親を部屋に連れて行き休ませた後、ミランダは自分の部屋に戻った。
腰を下ろした瞬間、スマートフォンが震えた。
アリアナからのメッセージだった。
挑発的な文章が添えられた一枚の写真。
『いとこのお姉ちゃん、おじ様は私にとても優しくしてくれるの。別荘を買ってくれた上に、プレゼントもたくさんくれたわ。怒らないでね?』
写真には豪華に装飾された別荘のリビングルームが写っており、コーヒーテーブルの上は高級ブランドの紙袋で埋め尽くされていた。
しかし、ミランダの目はアリアナの後ろに写り込んでいるある一点に釘付けになった。開かれたままの不動産購入契約書だ。
父親は横領の疑いで停職処分を受け、調査されているのではなかったか?
会社の資金繰りも破綻寸前のはずだ。アリアナに別荘を買うような大金が、一体どこから湧いてきたというのか。
大胆な計画が、瞬時に彼女の頭の中で形作られた。
ミランダは深呼吸をしてドミニクに電話をかけ、一切の感情を交えずに言った。
「お父さん、今夜は家で夕食を食べて。クリスチャンも来るから」
……
夕食の席は、息が詰まるほど張り詰めた空気に包まれていた。
ミランダはスマートフォンを回転テーブルの上にそっと置き、ドミニクの方へと回した。
画面には、アリアナが自慢げにアップした投稿がはっきりと表示され、誰の目にも明らかだった。
「お父さん、いとこのアリアナにはずいぶんと優しいのね」
彼女は意図的に、嘲笑の響きを込めた口調で言った。
「でも、そんな風にえこひいきするのはよくないわ。クリスチャンと私だって別荘が欲しいもの。贅沢は言わないわ。彼女のより数千万円ほど高いだけでいいの」
ドミニクの顔色が瞬時に曇った。
「馬鹿なことを言うな! そんな大金、どこにあるというんだ!」
「あら?」ミランダは片眉を上げた。
「じゃあ、彼女の別荘を買ったお金はどこから出たのかしら? お父さんだって、実の子供よりよそ者を優遇しているなんて噂されたくないでしょう」
彼女は言葉を切り、さらりと言い添えた。
「アリアナがお父さんの隠し子なんじゃないか、なんて勘繰る人だっているかもしれないわよ」
「くだらん戯言を抜かすな!」ドミニクは尻尾を踏まれた猫のように過剰な反応を示した。「あの子が天涯孤独で可哀想だから、同情しただけだ!」
「そう、同情しているのなら、子供である私たちも当然その負担を分かち合うべきよね」
ミランダはどこからともなく二通の書類を取り出し、テーブルの上に叩きつけるように置いた。
「クリスチャンと私で、もう別荘を二軒見繕ってあるの。お互いすぐ隣同士よ。家族で面倒を見合うのにも好都合でしょう」
「お父さん、ここにサインして」
「サインしてくれれば、明日にでも手続きを済ませるわ」
アラベラとクリスチャンも即座に意図を察し、両側から口を挟んだ。
「そうよ、サインしてちょうだい! ランカスター家の子供たちが、よそ者より価値がないなんて思われたら困るもの!」
「父さん、ミランダの言う通りだよ。こんなことが外に漏れたら、ランカスター家の評判に関わる」
三人がかりで追い詰められ、ドミニクの顔は赤から白へと変わっていった。ペンを持った手は契約書の上を彷徨うばかりで、一向に下ろそうとしない。
ミランダは彼を見つめながら、さらに笑みを深めた。
「さあ、お父さん。サインして。変な噂で名声に傷がつくのは嫌でしょう?」
