第8章 彼だ

新学期初日、大騒ぎになるのを避けるため、山口夏美は両親に車列で送ってもらうのを断った。

同じ大学に通う従兄の山口拓海に、入学手続きに連れて行ってもらうことにしたのだ。

山口拓海は大学三年生で、情報工学科に在籍しており、大学のことは知り尽くしている。

山口夏美が庭の外で待っていると、ほどなくして一台の派手な赤いフェラーリが滑り込んできた。

先日の逍遥遊で会った従兄の姿を思い浮かべる。あんなに目立つタイプには見えなかったが、この年頃の男の子というのは、やはり表立って派手か、隠れて派手かのどちらかなのだろう。どうやらこの従兄は後者のようだ。

山口拓海が車から降りてきた時、山口夏美はまだ首を傾げていた。

あれ、見当違いだったかな。従兄じゃない。もうすぐ着くって言ってたのに。

一方、山口拓海は花木の下に立つ少女を見ていた。シンプルなアボカドグリーンのキャミソールドレスを身にまとい、片手でつばの広いサンハットを押さえている。その涼やかで艶やかな瞳がこちらに向けられた。

嘘だろ、この女神みたいな子が俺の従妹?

外の口さがない連中は目が腐ってるのか、それとも頭に泡でも詰まってるのか! 会ったこともないくせに、よくもまあ俺の従妹が人前に出せないほどの醜女だから山口家は公表しないなんて言えたもんだ! これが、これがあの醜女だと! 誰が見たって天女が舞い降りたって言うだろうが。もし自分の妹だったら、絶対に華京市のデパートの巨大スクリーンに映して、毎日自慢してやるのに!

そこまで考えると、山口拓海は満面の笑みを浮かべて歩み寄った。「従妹、乗ってけよ」

ちょうど従兄に電話して催促しようと思っていたところ、その声を聞いて山口夏美ははっとした。

「あなたが、私の従兄? 山口拓海?」

「おうよ。名は体を表すってな、俺様が山口拓海、お前の正真正銘の従兄だ。山口夏美、さっさと乗れ!」

山口拓海は助手席のドアを開け、紳士然と振る舞ってみせた。

たまには格好つけるのも、悪くない。

山口夏美は心中の疑念を抑え込んだ。部外者は山口家が探し出した子供の名が山口夏美だとは知らないはず。この人が従兄で間違いないだろう。

しかし、山口夏美はそれでも発信ボタンを押した。

案の定、目の前の男のスマートフォンが鳴り響く。

「従妹、目の前にいるのに、なんで電話してくんだよ」

「なんでもない。押し間違えただけ」

山口夏美は助手席に乗り込んだ。

あなたが山口拓海なら、じゃあ、あの人は……誰?

山口拓海は素早く【他人の不幸は蜜の味】グループにメッセージを送った。

『重大発表! 俺の従妹は超絶美人だ。今日こそお前らのチタン合金の目を眩ませてやる!』

岡本凜太郎、山田祥生、そして竹中蓮は一足先に大学に着いていた。三人は山口拓海と親友で、いつも一緒に行動している。四人とも家柄が良く、それぞれタイプの違うイケメンで、Q大学情報工学科のイケメンたちと揶揄されていた。

山田祥生が真っ先にメッセージに気づいた。『拓海、まだ来てないのかと思ったら、お姫様を迎えに行ってたのか? 証拠がなきゃ信じねえぞ、写真の一枚でも送ってこいよ』

竹中蓮:『@山口拓海 ここにいる中でお前だけが犬っころだ!』

山口拓海:『運転中だ。大学に着いたらじっくり見せてやる!』

それきり返信はなくなった。

これは彼が新しく乗り換えたフェラーリだ。まだ新車の匂いがするうちに、どうしても数日は自分で運転したかったのだ。

山口拓海がアクセルを踏み込むと、スポーツカーは轟音を響かせて走り出した。

「妹よ! この車、イケてるだろ!」

赤いフェラーリに夢を見ない少年などいるだろうか。彼の家の親父は相当なケチだったが、従妹の世話役という任務を引き受けたことで、ようやく購入を許してくれたのだ。

山口夏美は軽やかに微笑んだ。「ええ、素敵。従兄さんによく似合ってる」

運転席から「へへへっ!」という笑い声が聞こえてくる。

山口拓海は歯茎が見えるほどに笑った。従妹は本当にいい子だ。見た目も綺麗だし、話し方も心地いい。あのろくでもない友人どもときたら、ろくなことしか言いやしない!

竹中蓮:「拓海は当分来られそうにないな。待つのやめないか」

山田祥生:「そうだな。美人だかなんだか知らねえが、俺は興味ねえし」

彼は百花繚乱の女性たちと付き合ってきた。どんなタイプの女とも遊んできたのだ。十八になったばかりの小娘に驚かされることなどあるものか。

しかし、岡本凜太郎はなぜか浮かない顔で言った。「急ぐことはない。適当にぶらぶらしていよう」

「わかった。凜太郎兄さんがそう言うなら、付き合うぜ」

三人はぶらぶらと歩き、岡本凜太郎が意図的にか、そうでないのか、校門の方へと導かれるようにしてたどり着いた。

すれ違う女子学生のグループが、校内でも有名なイケメンたちを見て、目を星のように輝かせ、大小様々な声で噂話をしている。

「うわ、すごく格好いい! 情報工学科のC4だ!」

「三人しかいないのに、なんでC4なの?」

「新入生は知らないのね。彼らは……とにかく、みんな格好良くてお金持ちで、学校中の女子の憧れの的なの!」

「確かに格好いいね。Q大学って男子のレベル高いんだ。芸能界もスカウトに来ればいいのに」

「ちぇっ! 凜太郎さんの家はあんなにお金持ちなんだから、芸能界に入る必要なんてないでしょ!」

……

山田祥生:「なんで正門なんかに来たんだよ。人多いし、凜太郎兄さん、いつも来たがらないじゃないか」

岡本凜太郎は口を動かしたが返事はせず、その視線は意図的にか、校門の外へと向けられていた。

一台の派手な赤いスーパーカーが、ゆっくりと門の外に停車した。

Q大学は校則が厳しく、学生は車で登校することができない。

岡本凜太郎の目が輝き、まっすぐにそのスポーツカーへと歩み寄った。

竹中蓮:「よぉ、あれがあいつが新しく手に入れた車だろ。わざわざ自分で運転してきやがって」

車のドアが開き、最初に出てきたのは、花のように美しい少女だった。

山田祥生は眉をひそめた。この妹、確かにそこらの女とは違う。

山口拓海も車を降り、顔を上げると、三人がずらりと門の前で出迎えているのが見えた。

「お前ら、水臭いじゃないか! わざわざ迎えに来てくれたのか! 今日の俺は顔が広いな!」

山口拓海は両手を広げ、満面の笑みで抱きつこうと歩み寄った。

しかし、岡本凜太郎の殺人的な視線に阻まれて方向転換し、今度は山田祥生に抱きつこうとする。

山田祥生は片手で彼を押し返した。「どけ! 誰がお前を出迎えに来たって? 俺たちは従妹を迎えに来たんだ!」

岡本凜太郎が一歩前に進み出た。「また会ったな」

「あなた……」山口夏美は目の前でじゃれ合っている男の子たちを見る。明らかに彼らは皆、山口拓海の友人なのだろう。

それにしても、なぜこの人は前回、従兄と呼ばれてあんなに自然に返事をしたのだろう。本当に人の好意につけ込むのが好きなんだから。

山口拓海は竹中蓮の肩に腕を回し、彼女に紹介した。「こいつは俺の凜太郎兄さん、岡本凜太郎だ。この前会ったよな。で、山田祥生、竹中蓮。こいつらも俺のダチだ」

「じゃじゃーん、そしてこちらが俺のキラキラ輝く従妹、山口夏美だ! 山田祥生、馴れ馴れしく妹なんて呼ぶんじゃねえ! 俺の妹であってお前の妹じゃねえんだよ!」

「従妹ちゃん、よろしくな! 呼んでやる、呼んでやるよ! やれるもんなら殴ってみろよ」

「夏美さん、おはよう。会えて嬉しいよ」

山口夏美は彼らの大袈裟なやり取りに、思わず笑ってしまった。

「先輩方、こんにちは」

数人は談笑しながらその場を去っていった。

後に残されたのは、野次馬の群れ。

「あの女の子、誰? すごく綺麗。新入生かな?」

「山口拓海とどういう関係? 親戚? なんで彼の車から降りてきたの!」

「さあね。そんなに親しそうでもなかったし、ただ通りかかっただけかもしれないじゃない」

「岡本凜太郎が彼女と話してた! 私の王子様! 羨ましい、私も話したい」

「イケメンと美女、本当に目の保養だわ。死ぬ気でQ大学に受かって本当によかった!」

入学手続きを終え、山口夏美は一人で教室へ向かった。

見慣れた道、見慣れた人々。それは前世、この学校で濡れ衣を着せられ、辱められ、孤立させられ、いじめられた日々を思い出させた。

憎しみが心に込み上げてくる。

幸い、もう自分はか弱く虐げられていた中島夏美ではない。復讐の念を抱いて生まれ変わった、山口夏美なのだ!

中島結子、もうあなたは未来を知り、私の一歩先を行くことはできない。

私の反撃を待っていなさい!

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