第1章

あの電話のことは、一生忘れないだろう。

「竹内さん、明日の夜、美術館でチャリティーオークションがあるんです。インタビュー取材をお願いしたいです」編集部からの声は慌ただしかった。「相手の方から、竹内さんを指名で」

指名? 携帯を握る手に力がこもる。N市に戻ってきてまだ三ヶ月。しがないフリーのジャーナリストにすぎない私を、一体誰が「指名」だなんて。

「インタビューの相手はどなたですか?」

「芦田貴志です。あの金融界の申し子ですよ」

手から携帯が滑り落ちそうになった。

芦田貴志。この人生で二度と聞くことはないと思っていた名前。

「竹内さん? もしもし?」

「はい……」私は深呼吸をして、無理やり声の調子を普段通りに戻した。「問題ありません。時間通りに伺います」

電話を切った後、私はこのみすぼらしいアパートのソファに崩れ落ちた。壁のカレンダーが十月十五日であることを示している。N市を離れてから、ちょうど六年が経っていた。

こんなの、偶然のはずがない。

でも、この街には何百万人もいるんだ、と自分に言い聞かせた。彼が私の帰郷を知っているはずがない。ましてや、私がN市のこんな安アパートで、ゴシップ誌の記事を書いて糊口をしのいでいることなど、知る由もない。

ベッドサイドテーブルの写真に目をやる――病院のベッドに横たわる、青白く痩せこけた養母の姿。山のように積み重なる医療費。私に選択肢はなかった。

たとえ貴志と顔を合わせることになっても、行くしかなかった。

翌日の夜、N市美術館は煌々と光り輝いていた。

入り口に立ち、優雅に着飾った男女が絶え間なく出入りするのを眺めていると、自分が完全に場違いな存在に思えた。古着屋で買った黒いスーツに、安物の記者バッグ。まるで白鳥の群れに迷い込んだ醜いアヒルの子のようだ。

「竹内玲奈さんでいらっしゃいますか?」若い男性が近づいてきた。「芦田様の秘書をしております。中で芦田様がお待ちです」

私は頷き、彼について美術館の中へと入った。

エジプト展示室はオークション会場へと姿を変え、クリスタルのシャンデリアが、グラスの触れ合う音やひそやかな会話に光を投げかけている。私の視線は無意識に人混みの中を探し、そして――彼を見つけた。

芦田貴志。

六年という月日が経ち、彼はより成熟し、より……危険になっていた。オーダーメイドのスーツがその長身に完璧にフィットし、大学時代の少年っぽさはエリートビジネスマンの持つ鋭利な雰囲気に取って代わられていた。けれど、あの瞳は、今も私の心臓を速く打たせた。

落ち着いて、玲奈。これはただのインタビューなんだから。

彼が私に気づいた。視線が交わった瞬間、世界中の音が、一瞬だけぴたりと止んだ気がした。それから彼は隣の人物に何かを告げ、こちらへ歩いてくる。

「玲奈」彼の声は昔と変わらず低く、人を惹きつける響きを持っていたが、どこか正体の知れない危うさが加わっていた。「久しぶりだな」

「芦田さん」私は無理に仕事用の笑顔を作った。「本日はインタビューをお受けいただき、ありがとうございます」

彼の口の端が、ほとんど気づかないほど微かに上がった。「貴志と呼べよ。昔みたいに」

昔。その言葉が、刃物のように私の心を切り裂いた。

「静かな場所で話そう」彼はそう言って、私についてくるよう身振りで示した。

私たちは比較的、人目につかない一角を見つけ、向かい合って腰を下ろした。私はレコーダーとメモ帳を取り出す。

「成功の秘訣は何だと思われますか?」私は用意してきた質問から切り出した。

貴志はすぐには答えなかった。ただ、大学時代に彼が私に向けていたのと同じ眼差しで――集中的で、強烈で、まるで私が彼の世界の中心であるかのような、あの眼差しで私を見つめていた。

「欲しいものを見つけること」彼はようやく口を開いた。「そして、手段を選ばずにそれを手に入れることだ」

紙の上でペンが止まった。「もう少し、具体的に教えていただけますか?」

「例えば」彼は身を乗り出し、声を潜めた。「六年前、俺はあるものを失くした。とても大切なものをな」

私の手が微かに震え始めた。「それは……取り戻せたのですか?」

「現在進行形だ」彼の視線が、私を射抜くように捉えた。「何しろ、一生をかけて待つ価値のあるものもあるからな」

「芦田さん、そろそろビジネスでのご功績についてお伺いしたいのですが」私は話題を逸らそうと試みた。

「貴志だ」彼は訂正した。「それと、君が戻ってきたことに俺が気づかないとでも思ったか?」

血が凍りつくようだった。「何をおっしゃっているのか、分かりません」

「三ヶ月前、君はC市からN市へ飛んだ」彼の声は恐ろしいほどに穏やかだった。「桜通り七丁目の古いアパート、三階の左側。養母はS病院の四二六号室だな」

私の手からレコーダーが滑り落ち、床に鋭い音を立ててぶつかった。

「正気じゃない……」立ち上がろうとしたが、足がゼリーのように震えて力が入らない。

「六年だ、玲奈」貴志も立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。「俺が諦めると思ったか?」

「私たちは……もう終わったのよ」私は後ずさった。「六年前、終わったはずよ」

「終わった?」彼の笑みは、今まで見たことのない危険な光を帯びていた。「いつ終わった? 君が金を持って消えたあの夜か? それとも、街を変えれば俺から逃げられると思った時か?」

背中が壁にぶつかった。もう逃げ場はない。

「君の養母の治療費を誰が払ってきたか、知ってるか?」彼の腕が私の隣の壁に突かれ、私を彼と壁の間に閉じ込めた。「ビザの延長手続きをしたのは誰だ? どうやって今の仕事を得た?」

「まさか……」私の声は、かろうじて囁きになる程度だった。

「全部偶然だと思ったか?」貴志の指が、胸が張り裂けそうなほど優しく私の頬をなぞった。「玲奈、バカだな。この六年間、ずっと君の面倒を見てきたのは俺だ」

涙が止めどなく頬を伝った。「どうして?」

「愛しているからだ」彼の親指が私の顔の涙を拭う。「六年前も、今も。そして、これからも永遠に」

「でも、私は……」

「俺を傷つけたつもりか?」彼の声はさらに柔らかくなったが、そこにはゾッとするほどの独占欲が宿っていた。「あの金が俺にとって何の意味があると思った? 数百万どころか、俺の全てを君にくれてやってもいい」

私は必死に首を振りながら、力いっぱい彼を突き放した。「貴志、あなたは分かってない。あなたが思っているようなことじゃないの……」

「なら何だ?」彼は私の手首を掴んだ。力は強くないが、逃れられないことは分かっていた。「教えろよ。六年前、本当は何があった?」

彼の瞳を見つめると、そこには愛と、痛みと、そしてほとんど執着に近い決意が見えた。真実を告げたい、強欲からではなく、彼を守るために去ったのだと言いたい。だが、あの声が再び頭の中で響いた――

『もし真実を話したら、芦田貴志は死ぬことになる』

「私……行かなくちゃ」私は身をよじって離れようとした。

「いいや」貴志の握る力が強まる。「今度こそ、どこにも行かせない」

「こんなこと、許されないわ!」

「許されるさ」彼の笑みは優しく、それでいて危険だった。「おかえり、玲奈。六年はもう十分だ。茶番劇は終わりだ」

彼の目を見つめているうちに、私は恐ろしい真実を悟った――芦田貴志は、もはや六年前の純粋な大学生ではなかった。彼は私の知らない、全てを意のままに操れるほどの絶大な力を持った誰かになっていたのだ。

そして私は、彼が周到に張り巡らせた網に、完全に囚われてしまった。

「他に……何を仕組んだの?」私は震える声で尋ねた。

貴志は私の手首を離し、ネクタイを締め直すと、再びあの優雅なエリートビジネスマンへと姿を変えた。

「まあな」彼の笑みには、不穏な満足感が含まれていた。「すぐに分かるさ。何しろ、俺たちには有り余るほどの時間があるんだからな」

彼は最後に名残惜しそうに私を一瞥した。その瞳には、優しくも恐ろしい約束が宿っていた――まるで、「君に逃げ場などない」と無言で告げているかのように。

彼は背を向けて歩き去り、激しく鼓動する心臓を抱えたまま、私は一人そこに立ち尽くしていた。

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