第89章

柚木文乃は矢継ぎ早に踏み込むと、ポットの蓋を乱暴にねじ開けた。

もわっとした白い湯気が一気に立ち昇る。彼女はその瓶口を藤野実和に突きつけ、まるで我が子を守る母狼のように鋭い眼光を放った。

「三つ数えるわ。それまでにまだそこに突っ立ってるなら、この汲みたての熱湯がうっかりあんたにかかっちゃうかもね!」

藤野実和は湯気を立てるポットの口を見て青ざめた。反射的に二歩後ずさり、狼狽しながら襟元を正す。

冷ややかな表情の千鳥凪紗と、鬼の形相をした柚木文乃。これ以上ここにいても分が悪いことは明らかだった。

「わ、分かった。帰るよ」

彼は必死に体面を保とうと、引きつった笑みを浮かべて深情けな男...

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