第3章

紗枝の視点

その夜、私は湯船に浸かっていた。熱いお湯が身体を包み込んでいるというのに、頭の中の混乱は少しも洗い流せなかった。

鏡に映る自分を見る――赤く腫れあがった目、青白い顔、めちゃくちゃに乱れた髪。

『別れた理由がわからないって……まさか、私の勘違いだったっていうの?』

でも、あのカフェでの光景は今も鮮明に焼き付いている。あの女の人の赤いワンピース、光代と親密そうに抱き合う姿、絡み合っていた手……。

『でも、この目でしっかり見たんだ。あれが嘘のはずがない。あの女、あいつとすごく親密そうだった……』

スマートフォンを手に取り、明日の予約をキャンセルしようとする。指が画面の上を長いこと彷徨ったが、結局、それを置いた。

膝はまだ完治していないし、三ヶ月後のマラソンは私のキャリアにとってあまりにも重要だ。私情を仕事に持ち込むわけにはいかない。

『いっそ、本人に直接聞いてみるべき……? いや、もし本当に浮気してたとして、正直に認めるわけがない』

ベッドに入っても、何度も寝返りを打つばかりで眠れなかった。今日の光代の表情、彼の困惑、彼が言ったこと……そのすべてが本物のように思えた。

『でも、もし浮気じゃなかったとしたら、あの女の人は誰? なんであんなに親密そうにしてたの?』

枕を抱きしめながら、気が狂いそうになるのを感じていた。この二ヶ月、もう吹っ切れたと思っていた。もう立ち直ったと思っていた。なのに、今日彼に触れられただけで、私の身体がまだ彼を覚えていて、心がまだ彼を求めて痛むことに気づかされた。

『ちくしょう……なんでこんなに』


翌日の午後、私はクリニックの待合室の隅に座っていた。手のひらがじっとりと汗ばんでいる。お母さんは今日、急用ができて付き添ってはくれなかったが、それがかえって絶好の機会を与えてくれた。

『もう、これで終わりにしなきゃ』

手の中のリハビリ計画書に目を落とす。光代の整った文字が、私の心臓を速く打たせた。昨日クリニックを出てから、一晩中眠れずに考えた。彼の困惑した表情、別れの理由を知らないという主張、そして、あの忌々しい……彼に対する私の身体の反応。

『もう無理。このままじゃダメだ。治療のたびに、火遊びしてるみたいじゃない』

深呼吸を一つして、私は受付カウンターへと歩いた。真里亜さんは私に気づくと、にこやかにプロの笑みを浮かべた。

「鈴木さん、今日は少しお早いですね。逸見先生はまだ前の患者さんの診察中です」

「実は……」私は喉の調子を整え、努めて冷静に聞こえるように言った。「担当の先生を変えていただきたくて」

真里亜さんの笑顔が、ぴしりと固まった。「担当変更、ですか? でも、回復はとても順調ですよ。逸見先生の診断でも、腫れはかなり引いているとのことですが。何か問題でも?」

大理石のカウンターを指でとんとんと叩き、緊張を紛らわす。「大きな問題じゃないんです。ただ、ちょっと……治療の方針が、私には合わないような気がして」

「そうですか……」真里亜さんは眉をひそめ、コンピューターで何かを検索し始めた。「他の先生の空き状況を確認しますね。スポーツ外傷がご専門の伊藤先生でしたら、明日の午後に空きがありますが……しかし」

その時、背後から聞こえた声に、私の心臓が跳ねた。

「ここで何をしている?」

『最悪……こうタイミングよく現れるなんで』

こわばった身体で振り返ると、すぐ近くに光代が立っていた。あの忌々しい、身体にフィットした白衣を着て。診察を終えたばかりなのか、額には薄っすらと汗が浮かんでいて、それがかえって彼をセクシーに見せていた。

『しっかりしなさい、紗枝! 担当を変えに来たんでしょ、見とれてる場合じゃない!』

「大したことじゃないわ」私は平静を装い、少し顎を上げて言った。「担当の先生を変えてほしいだけ」

光代の視線が瞬時に鋭くなり、彼はゆっくりと受付カウンターに向かって歩いてきた。その一歩一歩に威圧感がこもっている。「担当変更? なぜだ」

「個人的な選択よ」私はきっぱりと言い放つつもりだったが、声はわずかに震えていた。「自分の主治医を選ぶ権利は私にあるはずよ」

彼は私の目の前で立ち止まり、カウンターに両手をついて、身を乗り出してきた。「主治医として、変更の理由を把握する権利が私にはある。治療結果に不満でもあるのか?」

『そんなわけないって、あなたも分かってるくせに!』

私は下唇を噛み、彼の燃えるような視線を避けた。「ただ、なんとなく……治療のスタイルが、私には合わないような気がするだけ」

「ふざけるな」彼が突然、吐き捨てるように言った。真里亜さんや近くにいた数人の患者が、一斉にこちらを見た。

彼の突然の無礼な態度に、私は呆然とした。「何ですって?」

彼は自分の失言に気づき、一度深呼吸をして冷静さを取り戻そうとした。だが、その視線は依然として私に突き刺さったままだ。

「鈴木さん、あなたは今、治療の非常に重要な段階にあります。独断で担当医を変更することは、あなたの回復の進捗に深刻な影響を及ぼし、これまでの努力をすべて無にしかねません」

その高圧的な物言いに、私は怒りで震えた。「このクソ野郎――」思わず罵りかけた言葉を寸前で飲み込む。「あなたに私の決定をコントロールする権利なんてない!」

彼の眼差しが、さらに険しくなる。「もし昨日のことが原因だというなら、二人きりで話すべきだ。自分のキャリアを傷つけるような衝動的な決断をするべきじゃない」

「衝動的?」私の声が一段高くなり、さらに注目を集めてしまう。「これ以上ないくらい、理性的な決断だと思ってるけど!」

受付エリア全体が不気味な静けさに包まれ、誰もが私たちの医療紛争の行方を見守っていた。

真里亜さんが咳払いをして、緊張を和らげようとする。「あの……逸見先生の診察室に行かれてはいかがでしょう? 変更の手続きは、後ほどこちらで進めておきますので」

断ろうとしたが、光代はすでに「どうぞ」とでも言うように手を差し伸べ、その目で明らかに私を挑発していた。

「鈴木さん、私のオフィスへ。あなたの治療計画について、プロとして話し合う必要があります」

『ちくしょう、この狡猾な男……』


光代の診察室のドアが閉まった瞬間、空気中の緊張が爆発した。私は腕を組み、ドアに寄りかかった。

「よし、これで二人きりだ」彼は私に向き直り、白衣を脱いで椅子にかけた。「担当を変えたい本当の理由を言え」

私は冷たく鼻を鳴らした。「あなたに担当変更を止める権利なんてない! 私には選択の自由があるのよ!」

「もちろん、その自由はある」彼は冷静に、しかし断固として言い、ゆっくりと私の方へ歩み寄ってきた。「だが、個人的な感情で君が自分の回復を台無しにするのを黙って見ているわけにはいかない」

彼が一歩近づくたびに、私の心臓の鼓動は速くなる。彼の熱と香りが、どんどん近くなってくる。

「個人的な感情?」私は頭を冷静に保とうと、皮肉っぽく笑った。「それって、あなたの個人的な感情じゃないの? 私を手放すのが我慢できないだけでしょ?」

彼は私の二歩手前で立ち止まり、まっすぐに私の目を見つめた。この距離は、彼のブラウンの瞳に浮かぶ複雑な感情をはっきりと見せた――怒り、困惑、そして、私が分からない何か。

彼は一瞬黙り、それからゆっくりと頷いた。「……そうかもしれない。だが、本気で言っている。担当を変えるのは君の回復にとって良くない。私は誰よりも君の状態を理解している。どんな治療法が君に最も効果的かを知っているんだ」

『ちくしょう、認めやがった』

私の防御が揺らぐのを感じたが、怒りが私を理性的に保っていた。「じゃあ、私はここに閉じ込められるってこと? 元カレとの、この気まずい治療関係の中に?」

突然、彼がぐっと一歩踏み出し、私の身体にほとんど触れんばかりに近づいた。「紗枝……」彼の声が低く、掠れたものになる。「私を見ろ」

必死で彼の視線を避けたが、彼は手を伸ばして優しく私の顎を持ち上げ、無理やり彼を見させた。その一瞬の肌の接触が、私の全身に電気を走らせた。

「聞け」彼は声を和らげた。「今はひとまず休戦しないか? 膝を治すことに集中して、他のことは全部後回しにするんだ」

彼の真剣な表情を見て、私の決意が崩れ始めた。正直、彼の治療は確かに効果的だったし、もし担当を変えることで本当に二週間も遅れるとしたら……。

「……治療に集中するだけ?」私の声はとても小さくなった。「もう……不適切な行動はなし?」

彼は頷き、親指で優しく私の顎を撫でた。その仕草に、身体中がぞくぞくする。「約束する。純粋に、医者と患者の間の関係だけだ」

唇を噛みしめ、彼の指先が残した熱を感じる。ちくしょう、どうして私はいつも彼に逆らえないんだろう?

「わかったわ」私はついに折れた。「でも、もしまだあの二日間みたいな真似をまたしたら……」

「しない」彼はゆっくりと手を下ろし、私にスペースを与えるために一歩下がった。だが、その瞳はまだ私を捉えて離さない。「約束する、それでいい?」

彼の感触を求める自分の身体を無視しようとしながら、私は頷いた。「次はない」

前のチャプター
次のチャプター