第5章

紗枝視点

キッチンは記憶にあるよりもずっと手狭に感じられた。調理器具やスパイスの瓶、食材が、その小さな空間の隅々まで埋め尽くしている。光代さんが後から入ってくると、キッチンは途端にさらに窮屈になった。彼の纏う、馴染みのあるコロンの香りに、微かな男性的なフェロモンが混じり合って、すぐに私を包み込んだ。

『落ち着いて、紗枝。相手は浮気者のクソ野郎だってこと、忘れないで』

「グラスを取るだけだから……」冷静な声を保とうとしながら、私は背伸びして高い棚にあるワイングラスに手を伸ばした。もう、お母さんったら、なんでこんな高いところにグラスを置くのよ?

「高いだろ、手伝うよ」

背後から不意に光...

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