チャプター 1
コトカ国際空港は、行き交う旅行客の喧騒でごった返していた。ヒルダはゆっくりと飛行機を降り、二年ぶりに帰ってきた祖国の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。歩くたびに風になびく毛皮のコートを身にまとい、彼女は満面の笑みを浮かべて空港を後にした。
彼女はタクシーを拾い、運転手にスティーブンソン・グループへ向かうよう告げた。到着すると、荷物を引きながらオフィスへと足を踏み入れた。
受付係は彼女の姿を見て、驚きを隠せない様子だった。「ヒルダ様、お戻りになられたのですね」
ヒルダは落ち着いた口調で答えた。「ええ。ダニエルはオフィスにいる?」
受付係は動揺しながらも答えた。「あの方は……婚約式が行われるホテルにもう向かわれました」
「婚約式?」ヒルダは聞き返した。
「はい、ダニエル様と妹様の婚約式です」
無表情のまま、彼女は尋ねた。「私の妹と……ダニエルが?……どこのホテル?」
受付係は失言したのではないかと一瞬躊躇したが、すぐに気を取り直してホテルの名前を告げた。「ゴールデン・チューリップ・ホテルでございます」
ヒルダは無表情のままオフィスを出て、目の前の虚空をぼんやりと見つめた。すぐにタクシーを拾い、ゴールデン・チューリップ・ホテルへと急いだ。
車を降りるとすぐに、義理の妹と、自分の恋人であるはずのダニエルの写真が至る所に飾られているのが目に入った。
自嘲気味な笑みを浮かべ、彼女はホテルに入り、婚約式が行われている最上階へと向かった。
今日は二人の交際四周年記念日になるはずだった。二年前、彼女は学業のためにアメリカへ渡った。そして修了後、恋人であるダニエルを驚かせようと急いで帰国したのだ。しかし、帰国して驚かされたのは彼女の方だった。四年越しの恋人が、あろうことか義理の妹と婚約しようとしているのだから。
最上階に着くと、舞踏室からは優雅なピアノの旋律が流れてきた。深呼吸をして数歩進むと、ダニエルに抱きつく妹の姿が目に飛び込んできた。カルメンは真珠のあしらわれたバラ色のドレスを身にまとい、笑顔を振りまいていた。彼女はダニエルと共に客への挨拶回りをしているところだった。
今日が婚約式ということもあり、二人はまさに今夜の主役だった。入り口に立ち尽くしたまま、ヒルダはダニエルに何かを耳打ちされ、頬を染めるカルメンの姿を見つめていた。怒りで顔を紅潮させ、ヒルダは会場へと足を踏み入れた。ふと顔を向けたカルメンが、視界の端に姉の姿を捉える。彼女の顔から血の気が引き、ダニエルの腕を強く掴んだ。
ダニエルもヒルダに気づいた。一瞬呆気にとられたが、すぐにカルメンの手をポンポンと叩いて安心させるような笑みを向け、ヒルダの方へと歩み寄ってきた。
先に口を開いたのはダニエルだった。「ヒルダ、帰国してたんだな。僕たちの婚約式に来てくれるなんて。時間を割いてくれてありがとう」
ダニエルの言葉を聞いたヒルダの心は、怒りで満たされた。「あなたたちの婚約式ですって? ダニー、申し訳ないとは思わないの? 私を裏切って。私たちは四年間も付き合ってきたのよ! それにカルメン、あなたもよ。姉の恋人に手を出すほど男に飢えていたの? 世の中には男なんていくらでもいるでしょう? よくも……」
ヒルダが言い終わるのを待たずして、背後から乾いた音が響き、彼女の頬に衝撃が走った。「この親不孝者が!」
ヒルダは熱を帯びた頬を押さえ、振り返って自分を叩いた人物を見た。「お母さん……」彼女の心は粉々に砕け散った。
「お母さんなんて呼ばないでおくれ。あんたみたいな親不孝な娘を持った覚えはないよ。今日は妹の婚約式だというのに、祝福するどころか騒ぎを起こしに来るなんて。わざとやっているんだろう?」アダムス夫人は歯ぎしりし、ヒルダを睨みつけた。
「でもお母さん、何を言ってるの? ダニエルは私の彼氏なのよ」ヒルダは訴えた。
「誰があんたの彼氏だって? 言ってみなさい。ダニエルはあんたの義弟になる人だよ。彼まで奪おうっていうのかい? 小さい頃からカルメンのものを何もかも奪ってきたくせに、今度は婚約者まで狙うのかい? ええっ?」
「ハハッ……」乾いた笑い声を上げ、ヒルダは事実をねじ曲げる母親を見つめた。そしてダニエルに視線を移し、問いかけた。「あなたの恋人は誰なの、ダニエル? 母さんに教えてあげて」
ダニエルは眉をひそめ、答えに窮して狼狽えながらヒルダを見た。しかし、腕を掴む手の力が彼を現実に引き戻した。彼は答えた。「悪いが、僕が愛しているのはカルメンだ。これまでも、そしてこれからも」
心臓を鷲掴みにされたような痛みを覚えながら、ヒルダは言い放った。「よく覚えておいて、ダニエル。捨てられるのはあなたの方じゃなくて、私があなたを振るのよ。今日のことを忘れないで」
彼らの前で涙を見せまいと必死に堪え、ヒルダは二人を引き裂いてやりたいという衝動を強靭な自制心で抑え込んだ。そしてきびすを返し、背中で二人を祝福した。
「死が二人を分かつまで、いいえ、来世まで二人で仲良く夫婦として添い遂げられるといいわね」
