チャプター 2
ホテルを出た瞬間、彼女の頬を涙が伝い落ちた。さっきまで舞踏会の会場では必死に堪えていたが、もう抑えきれずに嗚咽が漏れてしまう。
四年間付き合った彼氏に浮気されたのだ。
タクシーを拾い、彼女はアパートへと向かった。車内でも涙を止めることができない。運転手に行き先を尋ねられたとき、彼女は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、何とか言葉を絞り出した。
アパートに到着すると、ウェットティッシュを取り出して涙を拭い、鼻をすすってから車を降りた。階段を上がり、自分の部屋へと入る。
ドアを閉めた途端、彼女はその場に座り込み、四年間の関係を振り返った。
最初の二年間は幸せな思い出ばかりだった。ダニエルはいつも彼女に愛を注いでくれた。留学へ発つ時もそうだった。彼がくれたペンダントは、彼女が戻るまで彼女を守ってくれるはずのものだった。
離れている間、最初の半年はダニエルから連絡があった。だがそれ以降、彼女から電話をかけても、彼は忙しいか、あるいは連絡がつかないかのどちらかだった。
まさかダニエルが他の誰かと浮気をするなんて、夢にも思わなかった。しかも、たとえ浮気をするにしても、よりによってなぜ、彼女が最も憎んでいる義理の妹なのか?
しばらく泣き続けた後、彼女は虚ろな目で宙を見つめながら床に大の字になった。今感じるのは痛みだけ。心臓から血が流れているようだった。
夕暮れ時、彼女は気分転換をすることにした。すでに日は落ちており、しばらく留守にしていた部屋は空っぽだった。彼女は身なりを整え、街で一番大きなエンターテインメント・センターへ向かう準備をした。
準備を終えると、彼女はクラブへと出発した。「キキ・ビーズ」という人気の店だ。
……
クラブに入ると、彼女はある言葉を思い出した。「寒くて厳しい夜を楽しむのに最高の場所は、いつだってクラブだ」
彼女はいわゆるパーティー好きではないし、こういう場所にも慣れていない。それでも、ワインを何杯か流し込めば何とかなるだろう。
バーカウンターに寄りかかり、グラスを次々と空けていく。しばらくすると、誰かが隣に座り、「お嬢さん、一人かい?」と声をかけてきた。
彼女は男を一瞥し、すぐに目を逸らした。男はワインを二杯注文し、そのうちの一つを彼女に差し出した。
それを飲み干すと、男は彼女の肩に手を回し、撫で回し始めた。
男の感触に生理的な嫌悪感で身震いし、彼女は言い放った。
「失せな」
男は構わず彼女を見つめ、肩を撫で続けた。
「今夜は俺が相手をしてやるよ」
彼女はその手を振り払い、再び叫んだ。
「失せろって言ってるの!」
男はニヤリと笑った。
「へえ、気が強いんだな。そういう女は嫌いじゃないぜ。それに、『失せろ』なんて言う女に限って、本当はいてほしいもんだ。口ではそう言っても、心の中じゃ俺を求めてるんだろ? ハハッ……」
彼女は彼を突き飛ばして離れようとしたが、バランスを崩して逆に彼の方へ倒れ込んでしまった。それを見て男は笑った。
「ハハッ……やっぱり俺がいいんじゃねえか」
男がさらに体をまさぐろうとしたため、彼女は再び立ち上がろうとしたが、ワインの酔いでふらつき、またも彼にもたれかかってしまう。男は好機とばかりにキスをしようと顔を近づけた。
「ふざけないで!」
彼女は男を突き飛ばし、椅子につかまりながら出口へ向かおうとよろめいた。
彼女が動こうとすると、男が合図を送り、瞬く間に数人の男たちに囲まれてしまった。男は彼女に近づき、こう言った。
「ねえちゃん、本当は俺が欲しいんだろ?」
背筋に悪寒が走り、彼女は全身が冷たくなるのを感じた。「飲み物に何を入れたの? 私に薬を盛ったわね」
彼の返答も待たず、彼女はクラブに入ってきた一人の男性のもとへとふらつきながら歩み寄った。
彼にしがみつき、彼女は言った。「助けて……お願い、助けて。あの男、私を襲おうとしてるの」
顔を上げてその男性を見ると、彼女は彼がとても魅力的であることに気づいた。再び口を開き、彼女は褒め言葉を口にした。「わあ、あなたイケメンね。誰? 今夜、付き合ってくれない?」
彼女がひどく酔っ払っていたため、男は何も言わずに視線を秘書に向けた。すると秘書が口を開いた。「申し訳ありません、社長。まさか入ってすぐに誰かがしがみついてくるとは……すぐに彼女を引き剥がします」
秘書がボスから彼女を引き離そうと手を伸ばすと、ネイサン・クレモンは答えた。「必要ない。あいつらの始末だけ頼む」
秘書の手が空中で止まった。彼は愕然とした。あの潔癖症のボスが? 驚きを隠せない秘書に、ネイサン・クレモンは重ねて言った。「何をぐずぐずしている?」
少女を前に抱えたまま、彼は彼女の手を取り、プライベート・ルームの方へと歩き出した。彼女は酔って足元がおぼつかなかったため、ネイサンは彼女を横抱きにしてエレベーターまで運んだ。
彼女が連れ去られそうになっていることに気づき、薬を盛った男が怒鳴った。「おい、お前一体誰だ? 俺が先に目をつけた女だぞ。俺が誰か分かってるのか?」
ネイサンは彼に構うことなくエレベーターに乗り込んだ。
スタンリーは振り返って彼らを見やり、薄ら笑いを浮かべた。「自分を何様だと思ってるんだ?」
「俺の親父はカークランド・グループのCEOだぞ」
その言葉を無視し、スタンリーは問い続けた。「さっき、その女性に触れたのはどいつだ?」
男たちの一人が秘書の顔に見覚えがあったのか、慌てて事態を取り繕おうとした。「ただの誤解です。申し訳ありません」
スタンリーは冷笑した。「誤解だと? そうか。ボスは、さっき女性に触れたその腕を切り落として、記念品にしろと仰せだ。そうすれば、二度と女性に嫌がらせをする過ちは犯さないだろうからな」
恐怖に駆られ、彼らはその場に土下座した。
ドサッ、ドサッ、ドサッ
スタンリーは彼らを見下ろし、ボディガードたちに始末をつけるよう命じると、振り返りもせずに冷酷にその場を立ち去った。
……
男の体が密着し、彼女は全身が熱くなるのを感じ始めた。
うわごとのように彼女は呟いた。「暑い……」
シャツのボタンが二つ開いた男の胸に彼女が触れると、男は一瞬固まり、状況を理解した。
プライベート・ルームに到着すると、男は彼女をバスルームへ連れて行った。バスタブに彼女を入れ、蛇口をひねる。
水が肌に触れると、彼女は泣き出した。「ひどい人ね。水が冷たいじゃない。お風呂なんて入りたくない、ここから出してよ」
彼女を見つめる男の表情が曇ったが、彼は感情を抑えて言った。「心配するな。そんなに長くはかからない。すぐに出してやる」
「いや、いやよ、今すぐ出して。あなたなんて悪党よ。浮気したくせに、今度は私を溺れさせる気なのね」涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は彼に怒鳴った。
わけのわからないことを口走る彼女を見て、ネイサンはバスルームを出て電話をかけた。
電話口で彼は言った。「今すぐ薬を持って『キキ・ビーズ』に来い」
電話を切ると、彼はバスルームに戻った。しばらくして、秘書のスタンリーが部屋に入ってきて告げた。「社長、終わりました」
彼は頷き、サミュエル・フレミングが来たらドアの前で待ち、中へ案内するよう指示した。
