第4章

茉奈視点

羽原直樹がリビングの中央に立っている。胸を激しく上下させ、その目は充血し、こめかみには血管が浮き出ていた。私はソファのそばで、無意識にシャツの生地を指でねじっている。和人が私たちの間に立ち、守るように身構えていた。

「黒川和人! このクソ野郎!」羽原直樹の声が震える。「街中の女の中から、よりによって彼女に手を出すとはな?」

和人の声は氷のように冷たい。「手を出す? 羽原さん、お前は自分を過大評価してる。これは茉奈が自分で選んだことだ」

直樹が突き出した手が、和人を指さす。「俺がお前のことを知らないとでも思ってるのか? 三年前のあのプロジェクトを根に持ってやがって……お前はずっと、俺を破滅させる機会を待ってたんだ!」

「あのプロジェクトか? お前が汚い手で盗んだものだ。だが、茉奈はビジネスとは何の関係もない」

直樹が和人を通り抜けようと前に飛びかかった。和人は身をかわし、片手で直樹の胸を押しとどめる。私はとっさに一歩下がり、背中が壁にぶつかった。直樹の目が、狂ったように私たち二人の間を往復する。

「七年だ、茉奈!」彼の声が裏返った。「七年間だぞ、クソが! 俺はお前に全てを与えた。生活も、地位も、別荘も! それを全部捨てて、こいつを選んだのか?」

「全てを与えた?」和人の声が低くなる。「お前は彼女を五回も裏切った。誕生日を忘れた。街中の前でドローンを使って他の女に告白した」

「間違いは犯した。でも、やり直すつもりだったんだ!」直樹は取り乱して叫ぶ。「恵麻とは……別れるつもりだった! なのにお前が全てを台無しにした!」

どうして男って、誰だって私を自分の所有物だと思ってるの?

直樹の狂気じみた表情を見つめながら、私はただ距離を感じていた。この男はかつて私の世界の全てだった。今では、哀れに見えるだけだ。

直樹が私の方へ向き直る。その声は懇願と脅迫の間を行き来していた。「茉奈、俺を見てくれ。こいつがお前のことを本気で想ってるとでも? 俺への復讐のためにお前を利用してるだけだ!」

私は冷静な声を保った。「羽原直樹、帰って」

「妊娠したせいか?」彼は食い下がる。「こいつの子を身ごもってるから義務を感じてるのか? 茉奈、その子なら俺が育てる。俺たちは――」

「もういい」和人が彼の言葉を遮った。

和人が一歩前に出て、私を完全に視界から隠す。直樹は彼を引き裂かんばかりの形相だ。

「彼女が帰れと言った。とっとと失せろ」

「俺の妻の前で、お前に指図される筋合いはない!」

和人が笑った。鋭く、嘲るような笑い声。「妻? 羽原直樹、お前は入籍すらしてない。彼女は法的に一度もお前のものになったことなどない」

直樹が回り込もうとする。またしても阻まれた。和人の拳が固く握られ、前腕に血管が浮き上がる。二人の間の距離は六十センチもない。空気が、刃のように張り詰めていた。

「お前が勝ったよ、黒川」羽原直樹の笑い声は、砕けていた。「ついに勝ったな、クソが。俺のプロジェクトを奪い、今度は俺の女を奪った。満足か?」

「彼女はトロフィーじゃない」和人の言葉が突き刺さる。「彼女が選んだから、俺のものなんだ」

「俺のもの」という言葉を聞いて、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。

私は誰のものでもない。

でも、言い返すには疲れすぎていた。

「やめて」疲労のにじむ声で、私は割って入った。「二人とも、もうやめて」

男たちが二人とも振り向く。自分の顔が青ざめているのがわかった。私は壁に寄りかかり、体がわずかに揺れている。

「疲れたの。こんなの、もう本当にうんざり」

直樹が私の方へ動く。「茉奈――」

「彼女に触るな」和人の手が素早く伸びた。

直樹は彼を無視し、私に視線を固定する。「茉奈、頼む。もう一度だけチャンスをくれ。俺がしくじったのはわかってる。でも、変われるんだ。恵麻とは別れる。何でもするから――」

私は首を横に振った。涙が目の端で熱く燃える。「直樹、もう終わったの。ずっと前に終わってたのよ」

私は和人の方を向き、全身から疲労をにじませた。「和人……お願いだから、彼を帰らせてくれない?」

和人の表情に何かが変わる。彼の目が和らぎ、頷いてから携帯を取り出した。

「警備。別荘に来てくれ。今すぐ」

直樹が凍りつく。私が本当に終わらせたと悟ったのだろう。私は壁に寄りかかり、指でこめかみを押さえている。和人が私たちの間に、まるで障壁のように立っていた。

二人の警備員が入ってくる。屈強な肩幅で、黒い服を着て、無表情だ。和人が目で合図する。

「羽原さんを外へ。二度と戻ってこないように」

「こんなこと許されるか!」直樹がもがく。「茉奈! 茉奈、俺を見てくれ!」

警備員たちが彼の腕を掴む。直樹は叫びながら抵抗した。

「後悔するぞ! 茉奈! あいつは嘘をついてる! お前を利用してるだけだ!」

彼らは直樹をドアの方へ引きずっていく。「愛してたんだ! 本当に、愛してたんだ! なんでこんなことができるんだよ!」

私は顔を背けた。見ていられなかった。肩が震える。

「もし戻ってきたら、警察を呼んでくれ」和人の声は落ち着いていた。

ドアがバタンと閉まり、直樹の最後の叫びが途切れた。リビングルームは、外の波の音以外、静寂に包まれた。私は深呼吸をして、目を閉じる。

目を開けると、和人がこちらへ向き直るところだった。私は手を挙げて、彼を制した。

「和人……あなたも帰って」

彼は立ち止まる。「茉奈――」

「一人になりたいの。考えたい」

「大丈夫か? 医者を呼ぼうか?」

私は苦笑いを浮かべた。「大丈夫。ただ……今は、これ以上無理」

私はソファに歩み寄り、クッションに身を沈めた。手が自然とお腹のあたりに動く。

和人が私の前にしゃがみ込む。距離を保ったまま。「すまない。事態を悪化させるつもりはなかった」

私は彼の目を見た。「あなたのせいじゃない。どのみち羽原直樹は来てたわ」

「でも、距離が必要なの、和人。二人からも。全てから」

彼は一瞬黙り込んだ。「わかった」

彼は立ち上がり、椅子にかけてあったジャケットを手に取った。

ドアのところで、彼は振り返る。「何かあったら、電話してくれ。いつでも」

彼の表情は真剣だった。「茉奈、まだ俺を信用できないのはわかってる。でも、さっき言ったことは本心だ。俺はどこにも行かない」

私は答えなかった。ただ窓の外の海をじっと見つめるだけ。

和人はしばらく私を見つめてから、去っていった。ドアが静かに閉まる。

カチリと音がした瞬間、私はソファに崩れ落ちた。両腕で膝を抱え、顔をうずめる。肩が震え、抑えていた嗚咽が漏れ出した。私の手はお腹の上に置かれ、その中の小さな命を感じていた。

赤ちゃん、もうどうしたらいいか、本当にわからないよ。

携帯が光った。知らない番号。私は涙を拭って、手に取った。

メッセージにはこう書かれていた。

「赤井様、こちらは黒川イノベーションズ法務部です。黒川様より、赤井様の件についていくつか対応するよう依頼を受けております。羽原様との財産分与契約書によりますと、赤井様にとって不利になりうる条項がいくつか見受けられます。当方で修正案を準備いたしましたので、ご都合がよろしければ、明日弊社までお越しいただき、ご相談させていただけますでしょうか。また、黒川様が専属の医師と栄養士のチームを手配済みです。いつでもご利用いただけます。拒否されても構いませんが、サービス料は前払い済みのため、ご利用にならないのは勿体ないかと存じます」

私はメッセージを見つめ、笑うべきか泣くべきかわからなくなった。

この男は誠実なのか、それともただ罪悪感を感じているだけなのか。

私は電話を脇に置き、胸に膝を引き寄せた。

和人は自分の車の運転席に座っていた。窓越しに、まだ明かりのついている別荘の二階が見える。彼は煙草に火をつけ、深く吸い込んだ。

「三ヶ月」彼の声は低く、誰に言うでもなく呟かれた。

その目には決意が宿っていた。

「三ヶ月……俺を信じられるようにしてみせる」

煙が車内に渦を巻く。暗闇の中で彼の横顔はシャープだった。別荘の明かりが彼の瞳にちらついている。彼はエンジンをかけない。ただそこに静かに座り、彼女を見守っていた。

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