第11章
沈村蓮は寝る前、弁護士の友人からメッセージを受け取った。
【研究所に戻りたくないのは分かるけど、だからってこんな言い訳作る必要ある?】
沈村蓮:【?】
相手はスクショを送りつけてきた。そこに映っていたのは、沈村蓮と浅川月のトーク画面。さらに一言。
【この頭でさ、マネージャーやってるって本気で思ってる?】
沈村蓮は読み終えて――
「……」
観念したように返す。
【なるようになる】
相手:【やっぱり言い訳じゃん】
沈村蓮:【……】
翌朝。言葉を失わせた張本人、浅川月から電話が来た。田山監督の番組側が「調停」を望んでいること、そして会社としての対応方針を伝えてくる。
「今回は絶対に頭下げない! 向こうが謝るべき! でもね、たぶん鈴原明志と葉山詩音は折れないと思う。下手したら、収録当日までずっと冷戦だよ」
「そうなると番組側も手を引くかも。話題になるならバラエティ的にはおいしいし。で、問題はあんたよ、沈村蓮。番組の中ではほんと気をつけて。あいつら、絶対どこかで落とし穴作ってくるから!」
沈村蓮は「うん」とだけ返し、ついでみたいに聞いた。
「この先、数日なにか予定ある?」
「……ない」
その言い方が、浅川月の憂鬱を物語っていた。
葉山家と鈴原家が業界に触れ回っているのだ――沈村蓮と組む者は、両家を敵に回すことになる、と。
盛川の看板も確かに強い。だが業界の連中は皆、損得に敏い。葉山と鈴原も敵にしたくない、盛川も敵にしたくない。結果、岸から眺めて様子見。田山監督の番組が放送されてから判断しよう、という空気になっている。
だから今のところ、沈村蓮の格に見合う「まともな」案件が取れていない。
「大丈夫。田山監督の番組さえ押さえれば、ここから数か月は熱量も流量も切れない。番組が終わったら、反響見て会社と一緒に今後の路線を詰めよう。ゆっくり伸ばしていけばいい」浅川月はそう言って励ました。
沈村蓮はそこに興味がない。淡々と言う。
「じゃあ、ここ数日は私に連絡しないで。用事がある」
「用事ってなに? 手伝う?」浅川月が心配そうに聞く。
沈村蓮は温度のない声で返した。
「いらない。バイト」
浅川月:「!!」
来た。来た来た来た。沈村蓮が、あの小さなバイトで心の穴を埋めにいくやつだ。
浅川月の中で、謎の闘志が一気に燃え上がる。
「沈村蓮、待ってて! 私、絶対すぐにちゃんとした予定取ってくるから!」
沈村蓮:「??」
――いや、予定ないって言ったばかりでは。
聞き返そうとした瞬間、浅川月は先に電話を切った。
ツーツーという音だけが耳に残る。沈村蓮は無表情のまま思う。ときどき、このマネージャーの思考回路が本気で分からない。
ピコン、と通知音。
画面を見ると、備考欄に「買い手」と入れた相手からだった。
【だいたいどれくらいで仕上がる?】
沈村蓮は机の上の黄紙と朱砂を一瞥し、少し考えて返す。
【3日】
相手は明らかに動揺している。
【3日? 本気?? 量、かなり多いんだけど!】
この買い手は、沈村蓮が「術ネ」で見つけた相手だ。
術ネ――術師たちが共同で立ち上げたサイト。術師とは、さまざまな術を扱う者たちの総称。
今では術師は極端に少ない。
そこで彼らは生き残りと発展のために集まり、組織を作った。通称、術門。術師としての素質がある者を受け入れて育成し、国家機関の要請で超常事件の捜査にも協力する。
裏の界隈では術門の存在を知る一般人もいる。だが接点はない。それでも怪異に巻き込まれることはある。危険だ。
国の機関にも、すべての案件に手が回るわけではない。協議の末、術門が術ネを整備し、一般人が術師に依頼できる窓口になった。
時が経つにつれ、術師たちは符箓や法器など、厄除けの品を販売するようにもなった。
沈村蓮は昔から術門のことを知っていて、術ネにもアカウントを持っていた。ただ、もう一年ログインしていない。
例の一件もあり、元のアカウントは使いづらい。新規で作り直し、数件受けて金を作ることにした。
この買い手が、その一件目だ。
相手が驚くのを見て、沈村蓮のほうが少し首を傾げる。
この一年、彼女はあの「変な女」の傍にいた。変な女は術師の世界を知らない。沈村蓮も情報を得られず、今の術師界がどうなっているのか把握していない。
もしかして、今は三日でも遅い部類なのだろうか。
――私がいない間に、みんなそんなに腕を上げた?
少し考え、沈村蓮は送った。
【じゃあ2日】
相手:【???】
二日でも長いのか。
沈村蓮は眉をわずかに寄せる。
【1日でもいい。明日の今ごろ、指定の住所に発送する。振り込み忘れないで】
沈村蓮は身体に戻ってまだ日が浅い。符箓を描くための霊力の引き出し方も、完全には馴染んでいない。少なくとも半日は調整が必要で、そこから描き始める。
これ以上は短縮できない。
相手は黙り込み、しばらく返事が来なかった。
――一日で了承した、ということだろう。
沈村蓮は、今の術師たちの「巻き」の空気に巻き込まれたような、珍しい焦燥を覚えた。スマホを置き、目を閉じて静かに座禅を組む。
だが沈村蓮は知らない。
この一件が、術ネを一瞬で沸騰させたことを。
術ネには依頼だけでなく掲示板もある。術師同士の心得の共有、最近の案件や受注の情報交換、あるいは噂話や怪談めいた奇聞まで――とにかく流れが速い。
そして今、掲示板の更新欄にひとつのスレッドが跳ね上がった。スクショ付き、タイトルはこうだ。
【驚愕! 無道より上とか言い出す術師が出た件!!】
投稿された次の瞬間、雪崩のように人が押し寄せた。アクセスが集中しすぎて、術ネが落ちかけるほどの勢い。
【マジ?】
【無道って術師界のトップだろ。誰だよ、そんな自爆しに行くやつ】
【笑う。無道より上? 特調局の前局長・地村文雄でも、そんなこと言わねえよ】
スレ主が補足する。
【最近、厄除けの符が大量に必要でさ。しかも急ぎ。半月後には使うのに、受けてくれる術師がほとんどいない】
【分かる人は分かるけど、術門の長老クラスでも半月で揃うか怪しい量なんだよ。本当は少しでもあればって、応急で考えてた】
【そしたらこいつ、受けたんだよ。しかも最初『3日でいける』って言ってきて。信じられなくて突っ込んだら『2日』にして、最後は『1日』だぞ】
すぐにレスが伸びる。
【詐欺じゃね?】
【草。騙すにしても相場くらい調べろよ】
【だよな。無道が一番なのに】
【無道でも同じくらいの枚数で3日だぞ! しかも全部が極上! 術師ランキングで今も破られてない伝説の記録!】
【無道だけじゃない。ランキング2位の雪狐でも、当時似た案件で4日かかってる】
【それで1日って、恥かきに行ってるだけじゃん】
【誰だよそいつ。絶対見届けるわ】
