第1章

「……いや、やめて……っ」

平原綾香の喉から、押し殺しきれない呻きが漏れた。くびれた腰を、ざらついた大きな手が容赦なく締め上げる。皮膚の奥まで刺さるような痛みが、波になって押し寄せた。

もがいても、びくともしない。

男は慈悲の欠片もなく彼女を持ち上げ、熱を帯びた硬いものを、狭く閉じた入口へ押し当てる。腰を突き出した、その次の瞬間——前触れもなく貫かれた。

「——っ!」

叫びが喉を裂いた。引き裂かれるような激痛に、綾香は自分が生身のまま割かれていく錯覚に陥る。涙が止まらず頬を伝い、視界を滲ませた。

成人式で少し飲みすぎただけだった。どうして、こんなことに——。

頭の中はぐちゃぐちゃで、これは悪夢だとすら思う勇気が出ない。

男は低く喉を鳴らし、腹の底で笑うように腰を激しく打ちつけはじめた。両手が胸を好き勝手に揉みしだき、指先が執拗に敏感な先端を擦り潰す。

下腹の奥が、未知の痺れを孕んで熱を帯びる。裂ける痛みと混ざり合い、訳がわからなくなっていく。

綾香は唇を噛み、嗚咽を押し込めながら、途切れ途切れに懇願した。

「やめて……痛い……お願い、止めて……!」

だが男は聞く耳を持たない。動きはさらに荒くなり、一度ごとに深く重い衝撃が最奥まで突き刺さる。まるで彼女を徹底的に分解するみたいに。

綾香の身体は否応なく跳ね、胸が男の硬い胸板に擦れてくすぐったい。やがて痛みが、別の得体の知れない感覚に飲み込まれていく……。

意識は白く濁り、痛みと陌生の快感が絡み合う。恥ずかしさで、消えてしまいたい。死ぬほど痛いのに、どうして身体は勝手に合わせてしまうの——。

どれほど経ったのかもわからない。強烈な波が突き上げ、綾香は堪えきれず叫んだ。

「やめて! あぁっ……だめ、死ぬ……!」

絶頂の快感が、意識を奪いかける。

次の瞬間、男の息が急に荒くなり、低い唸りとともに、体内に埋まったそれが激しく脈打った。灼けるような熱が深いところへ吐き出され、綾香はびくりと震える。

綾香はベッドに崩れ落ちた。全身から力を抜かれ、反射的に身体を丸める。下半身はぐしゃぐしゃで、粘つく液体がゆっくりと流れ出していく。

——その直後。

頬をいきなり強くつねられ、痛みに息を呑んだ。

耳元に落ちてきた声は、氷のように低く冷たい。温度が一滴もない。

「お前ごときが俺を嵌めたつもりか? いい度胸だな。これでチャラだ」

小切手が、ぱしん、と彼女の顔に叩きつけられた。綾香は拳を握りしめる。

嵌めた? 何の話をしているの?

顔を上げて相手を見ようとしたが、ぼやけた背中しか見えない。

朧げな意識が戻り、小切手の署名欄が目に入った。

松村礼嗣。

呆然としていると、扉が大きな力で叩き開けられた。

綾香は飛び上がり、来た人物を見て凍りつく。継母の上野美咲——その背後には黒服のボディガードが二人。

「成人式の途中で黙って消えたと思ったら、こんなところで野良男と密会? 普段あたしがどう躾けてると思ってるの?」

綾香は血の気を失い、慌てて言い訳する。

「……お母さん、違う、密会じゃ……」

だが美咲は聞く気もなく遮った。声は冷え切っている。

「平原家に、そんな淫らなクズはいらない」

背筋が、氷水を浴びたみたいに冷えた。綾香は、美咲の目に宿る殺意をはっきりと見た。

幼い頃に母を亡くし、美咲は一つ上の姉を連れて家に入ってきた。

へりくだって機嫌を取っても、継母の態度は天気のように変わった。

それでも綾香は、どこかで甘えていた。少なくとも財産目当てに露骨に害するようなことはない、と——信じていたのに。

「二人とも。監視カメラの処理をしてきて」

美咲が低く命じると、ボディガードは即座に部屋を出ていった。

「……平原家を独り占めするつもりなんだ!」綾香は唇を震わせ、恐怖と怒りで顔を歪める。

美咲は口角を上げ、否定も肯定もしない。

ゴム手袋をはめると、バッグから短刀を取り出した。

「知ったところで何が変わるの? 恨むなら自分の間抜けさを恨みなさい。さあ、安心して逝きな」

綾香は身体の痛みをこらえ、扉へ駆け出した。しかし一歩遅い。美咲に髪を掴まれ、引き戻される。

「逃げる? 無駄よ」

心臓が激しく脈打つ。生存本能が恐怖を上回り、必死に懇願した。

「上野美咲……平原家の株なんて要らない。お願い、落ち着いて。私を殺したら、あなたも必ず——」

美咲は刃先を綾香の頬に、ぺたぺたと軽く当てる。笑みは狂気じみていた。

「私があんたを殺すのが金のためだと思ってるの? あんたの母親が残した株なんて、とっくに父親が私と寧々の名義に移してるわ」

「まだわからない? この家で余計者なのは、あんただけ」

綾香が口を開きかけた瞬間、鋭い刃が身体に突き立った。

激痛が走り、視界が真っ黒に沈む。

美咲は綾香の手を刃に添えさせ、残酷に笑った。

「短刀には、あんたの指紋しか残らない。警察が辿り着く答えはひとつ——あんたは自殺した、ってね」

    ◆

六年後——L市病院。

病室の外で、細身の美しい女が立ち尽くしていた。赤く腫れた瞳で、ベッドに横たわる小さな少女を見つめている。

少女は五、六歳ほど。小さな身体には管が何本も繋がれ、肌は透けるほど白い。青い血管がくっきり浮き上がっていた。

綾香は口元を押さえ、泣き声が漏れて眠りを妨げないよう必死で堪える。だが涙は指の隙間から止めどなく流れ落ちた。

医師の言葉が、耳の奥で何度も反響する。

「適合……失敗でした……」

——自分の娘。

力なく床に座り込む。瞳には絶望しかない。

そのとき、少し離れたテレビの音が耳に入った。

【松村グループ社長・松村礼嗣氏が、本日L市に到着——】

灰色だった眼差しに、わずかな光が灯る。

松村礼嗣。

記憶の奥底の名前が甦る。あの男は——子どもの父親だ。彼を見つけられれば……。

だがすぐに胸が沈む。松村グループの社長は極端に表に出ない。実際の顔を見たことがある者はほとんどいないと聞く。どこで探せばいい?

綾香は魂が抜けたように階段を降り、横から来た人影に気づかなかった。

額に鈍い痛み。硬い壁にぶつかったみたいに身体がよろける。

倒れかけたところを、力強い手が腰を抱きとめた。

男の体温は熱く、彼女の手は硬い胸板に押し当てられる。頬がじわりと熱を帯びた。

清冽な冷たい香りが鼻腔を満たす。どこかで嗅いだことがある——。

「……ありがとうございます」

赤くなって礼を言い、顔を上げた瞬間、綾香は固まった。

こんなに似ている人間が、いるの?

目の前の男——彼女の息子と、同じ型で作られたかのようにそっくりだった。

次の瞬間、確信が胸を貫く。

この男こそ、探していた松村礼嗣。子どもの父親——!

礼嗣の鼻先に、女の柔らかな香りが残る。潤んだ瞳を見た瞬間、胸の奥がわずかに震え、どこかで会ったような錯覚に襲われた。

「松村様。車、外でお待ちです」

秘書の声が、彼の意識を引き戻した。

「次からは気をつけて」

紳士的に一言残すと、松村礼嗣は部下を連れ、足早に病院を後にする。

「待って!」

綾香が我に返って追おうとしたときには、すでに一行は視界から消えていた。

呆然と、消えた方向を見つめる。

すると背後から、やわらかな声が重なって聞こえた。

「お母さん、だいじょうぶ?」

「怪我してない?」

綾香ははっとして振り向く。そこには小さな影が三つ。

「車で待っててって言ったでしょ。どうして出てきたの」

三人の愛らしい子どもたちは口を尖らせ、綾香に飛びついた。

「お母さん、もう僕たち大きいよ。妹が病気なんだもん、僕たちもお世話できる。お母さんだけが全部背負わないで」

胸がきゅっと酸っぱくなる。綾香は子どもたちを抱きしめた。

必ず見つける。あの男を——娘を救うために。

    ◆

綾香は胸元の開いた黒のドレスを纏い、L市でも屈指の五つ星ホテルへ足を踏み入れた。

聞き込みを重ね、松村礼嗣の帰国パーティーが今夜ここで行われると突き止めたのだ。

綾香の美しい横顔に、決意が走る。今日こそ必ず会う。松村礼嗣は平原小春に残された唯一の希望——。

「……平原綾香?」

背後から、驚きに満ちた女の声。

振り返ると、久しく見ていなかった顔がそこにあった。

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