第29章

それは同じくらい背の高い男だった。上半分を覆い隠すヴェネツィア風の仮面をつけ、仮面の下の口元には、どこか世の中を舐めたような笑みが浮かんでいる。

「美しいお嬢さん」

男が口を開く。少し癖のある、耳に絡みつく低い声。仮面越しの視線は遠慮なく渡部綾香を舐めるように眺めた。

「今夜のファーストダンス……私にその栄誉をいただけませんか」

村野の突然の誘いに、渡部綾香の頭が高速で回る。

確かに、目の前の男に見覚えはない。彼女は半歩だけ下がり、距離を作った。声音は氷のように淡い。

「申し訳ありません。人違いでは」

それを聞いた村野は、くすりと喉で笑う。退くどころか、逆に一歩踏み込んだ。

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