第1章
「美玲、また俺のファイルをめちゃくちゃにしたな」
おはようございます、と口にするよりも早く、二階から神谷拓真さんの不満そうな声が響いた。心臓がどきりとして、私はフライ返しを落とし、階段を二段飛ばしで駆け上がった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。すぐに整理し直します」。散らばった書類を必死でかき集めながら、私は何度も謝った。「私が馬鹿で、拓真さんの意図を理解できなかっただけで……」
拓真さんはうんざりしたように手を振った。「もういい。俺の仕事のファイルには二度と触るな。こんな重要書類、お前に扱える代物じゃない」
胸に痛みが走ったが、それでも私は何度も頷いた。「はい、肝に銘じます。本当に申し訳ありませんでした……」
「今日は大事な会議があるんだ。余計なことをするなよ」。着替えながらそう言うと、彼は付け加えた。「ああ、それと今夜は親族の集まりがある。お前も来い」
一瞬、瞳に喜びが灯る。私は恐る恐る尋ねた。「本当ですか? 私が行っても……ご迷惑になりませんか?」
「ちゃんとした格好をしろ。恥をかかせるなよ」。拓真さんは振り返りもせずに言った。
その言葉は棘のように刺さったが、それでも心が躍るのを止められなかった。親族の集まり! 拓真さんがようやく私を連れて行ってくれるんだ!
「気をつけます。絶対に恥をかかせたりしませんから」。私は誓うように言った。
その日の夜、私は一時間もクローゼットの前に立ち尽くし、一番地味な黒いドレスを選んだ。派手すぎず、それでいてみすぼらしくも見えないものを。
神谷組の屋敷はおとぎ話のように美しかったが、私の緊張は高まるばかりだった。ここにあるものすべてが優雅で、洗練されている。私は本当にここにいてもいいのだろうか?
「拓真くん!」。狩野議員が私たちの方へ足早に歩み寄ってきた。「久しぶりだね」
「先生、ご無沙汰しております」。拓真さんは即座に外面用の笑顔に切り替えた。
「そちらは?」。議員の視線が私に注がれる。
「こちらは美玲です。私の……友人です」。拓真さんは「友人」という言葉の前で明らかにためらった。
友人? 胸がずしりと重くなったが、私は無理に笑顔を保った。
議員は頷くと、隣にいる若い女性に目を向けた。「娘の由香里です。最近、海外から戻りましてね。由香里、こちらが拓真くんだ」
由香里さんは優雅に手を差し出した。「拓真さん、お噂はかねがね伺っております。先日参加した政策シンポジウムでも、多くの方が神谷組のことを話題にされていましたわ」
彼女の一つ一つの所作は洗練されていて、その口調からは育ちの良さが窺えた。
二人の隣に立つ私は、まるで透明人間になったかのようだった。彼女と比べれば、私はただのアシスタント――弁護士ですらない。
話が政治のことに移ると、由香里さんはごく自然に会話に加わり、素晴らしい知識を披露した。私は何も口を挟むことができず、ただ黙って脇に立っているしかなかった。
年配の女性がちらりと私たちを見て、拓真さんに意味ありげに言った。「近頃の若い方は、なかなか釣り合いの取れたお相手を見つけるのが大変ですこと」
恥ずかしさで顔が熱くなり、私は誰とも目を合わせられずに俯いた。拓真さんはすぐそばに立っているのに、私を庇う言葉は一言もなかった。
由香里さんは拓真さんと政治問題について熱心に語り合っており、私の存在などまるで気にも留めていないようだった。私には理解できない専門用語だらけの二人の会話を聞きながら、拓真さんと由香里さんこそが、本当にお似合いの二人なのではないかと思ってしまった……。
その夜、私は終始、自分が場違いな存在だと感じていた。誰かが学歴や経歴、家柄の話をするたびに、私は黙っていることしかできなかった。何を言えというのだろう? 私は平凡な大学を出ただけで、ただのアシスタントに過ぎないのだから。
「美玲さんは、どんなお仕事を?」と、とうとう誰かが私に尋ねた。
「私……法律事務所でアシスタントをしています」。私は小声で答えた。
「まあ、アシスタントさん……」。その女性の口調には明らかな失望の色が浮かんでおり、すぐに別の話題へと移ってしまった。
屈辱感でいっぱいだった。やはり、私をここに連れてきたのは間違いだったのだ。私のような人間が、どうしてこんな場所にいられるだろう?
夜が更けるにつれ、息が詰まるような感覚に襲われた。向けられる視線の一つ一つ、交わされる言葉の端々が、私に告げているようだった。お前はここにふさわしくない、と。
「お手洗いに行ってきます」。私は拓真さんに小声で告げた。
彼は振り返りもせず、何人かの重要人物との会話に夢中なまま頷いた。
静かな廊下を歩きながら、胸の内にこみ上げる痛みを必死に抑えようとした。もしかして、私は本当にダメな人間なのだろうか? 拓真さんが私と一緒にいるのは、ただの憐れみから? 考えてみれば、私のような出自の人間が神谷家の跡継ぎから愛されるなんて、それ自体が奇跡なのだから……。
その時、聞き覚えのある声が聞こえた――拓真さんの声だ。書斎から聞こえてくる。
「由香里さんは、実に理想的なお相手だな」と、知らない男が言った。
私の足は凍りついた。
「確かにそうだな」。拓真さんの声には、私が今まで聞いたことのないような軽やかさがあった。「議員令嬢で、一流の学歴。まさに釣り合いの取れた相手だよ」
結婚? 私は息を呑み、そっと書斎のドアに近づいた。
「美玲さんのことはどうするんだ? もう六年になるんだろう?」
拓真さんの次の言葉が、私の世界を完全に打ち砕いた。
彼は侮蔑するように笑った。「六年か。正直、もうとっくに飽きている。平民出のアシスタントなんて、書類整理くらいしか能がない。今夜だって、あの場で一言も口を開けなかっただろう」
平民出? 私は自分の口を手で押さえ、声が漏れるのを必死に堪えた。
「まるで頭の空っぽな飾り物だよ。俺の周りをうろちょろして、自分が奥様気取りでいるんだからな。由香里さんが一言話す方が、あいつの六年間……いや、存在そのものより価値がある」。拓真さんの声には、嘲りが満ちていた。
今夜の自分の振る舞いを思い返す――確かに、何も話せず、何も理解できなかった……。彼の目には、私は本当にこれほどまでに無価値な存在だったのだ。
「それで、いつ頃……」
「来月には適当な理由をつけて別れるさ」。拓真さんはこともなげに言った。「どうせただの遊び道具だ。おもちゃに飽きたら、新しいものを手に入れるのは当然だろう。あんな身分の女、六年もそばに置いてやっただけでも感謝すべきだ」
「それに、あいつは俺が本気で愛していると純真に信じ込んでいる。六年間、俺が囁いた甘い言葉を全部信じてるんだからな……哀れなもんだよ」
書斎から得意げな笑い声が響き、その一つ一つが刃のように私の心を切り裂いた。
平民出……遊び道具……トロフィー……。
六年間、私は本当に彼の承認を求める犬のようだった! 夜明けに彼の資料を整理していた自分を思い出す。今夜、彼に恥をかかせまいと震えていた自分を思い出す。ついさっきまで、自分が至らないせいだと自分を責めていたことを思い出す……。
彼が私を愛していると信じ込んでいたなんて、なんて馬鹿げていたのだろう! 六年間のキスも、「愛してる」という言葉も、すべてが演技だったのだ! 私は彼の前で、道化のように献身を演じていただけだったのだ!
六年! 丸々六年! 私は最も美しい青春をこのクズ男に捧げ、結局彼の目にはただの笑いものとして映っていただけだった!
私は静かに廊下を離れ、遠くの角で待った。
十五分ほどして、拓真さんはもう一人の男と書斎から出てきて、メインホールへと戻っていった。私は深呼吸をして、彼の元へ歩み寄った。
「拓真さん、少し気分が悪いので、先に帰って休ませていただきます」。私は静かに言った。
彼は私に目を向けることもなく、面倒くさそうに手を振った。「ああ、勝手にしろ。俺はまだ話がある」
そうして、私は一人で神谷家の屋敷を後にした。
六年にわたる屈辱は、今夜で終わった。そして、私たちも終わった。
