第2章
もう夜の十一時だった。芸術地区全体が静まり返り、角にある二十四時間営業のコンビニだけが明々と光っている。私は最後のタトゥーニードルを滅菌ボックスに戻し、その鋼鉄の表面に数秒、指を留めた。
なんて最悪な一日。
展覧会の成功なんて、今となっては冗談みたいだ。誰もが私の作品を褒めてくれて、デザインには「癒やしの力」があると言った。皮肉なことに、癒やしが必要なのは私の方だったのに。
突然、ドアベルが鳴り、ガラス戸の向こうに始のシルエットが見えた。
彼の瞳は、ある種の光で輝いていた――かつて私が、彼に自分を見つめてほしいと切望していた、あの光で。
「遥!」始は私の顔に浮かぶ疲労の色にも全く気づかず、ドアを勢いよく開けて入ってきた。「遅いってわかってるんだけど、どうしても来ちゃったんだ」
私はなんとか笑顔を作った。「どうしたの、そんなに興奮して?」
「明里さんのことなんだ」彼の声には、深い愛情とも言えるような優しさが込められていた。「遥、こんな気持ち、初めてなんだ。彼女はまるで……まるで天使みたいなんだ。君のブースで彼女がああいうことを話しているのを見たとき、この人は違うって、そう思ったんだ」
消毒液のボトルを握る手に力がこもる。声を震わせないようにするのがやっとだった。「……確かに、特別な子よね」
「だろ!遥にもわかるか!」始は興奮した子供みたいに、私の前を行ったり来たりした。「彼女はアートを理解してる。癒やしの力も。それに、彼女は医者なんだ――僕たちには共通の職業理念があって、共通の目標がある。遥、僕、運命の人を見つけたのかもしれない」
その一言一言が、針のように私の心を突き刺した。
「……よかったじゃない」彼に表情を見られたくなくて、私は道具を片付けるふりをした。
「遥、そこで君に頼みがあるんだ」始はぐっと近づいてきて、真剣な声になった。
私の手は、空中で固まった。
「彼女にもう一度会わなきゃならないんだ」彼は私の両肩を掴み、懇願するような目をした。「君は僕の一番の親友だ。こんなこと頼めるのは君しかいない。どんな出会い方がいいと思う?」
(もう二度と彼女に会わなければいいのに)
でも、自分の口から出たのはこんな言葉だった。「……どんな出会い方がしたいの?」
「とにかく……自然な接触がいい。病院のカフェとか?彼女、きっとよく行くだろ。それか、彼女が現れそうな場所ならどこでも」始の目は期待に輝いていた。「こういうの、遥はいつも上手くセッティングしてくれるからな」
私は深く息を吸った。(私の十年は、こんなことのためにあったっていうの?彼のために段取りをつけて、問題を解決して、今度は彼が他の女を追いかける手伝いをするために?)
「……わかった。何か考えてみる」
「本当か?遥、助かる!」始は興奮して私を抱きしめた――それは、いつもの、兄妹みたいな気安いハグだった。「やっぱり遥は頼りになるな」
彼が帰った後、私は一人、アトリエに座っていた。丁寧に並べられたアート作品と機材に囲まれて。かつては私の誇りだったこの場所が、今では牢獄のように感じられた。
本当に、馬鹿な女。黒川遥。
翌日の午後、私は病院のカフェの隅に立って、自分が周到に仕組んだ「偶然の出会い」が繰り広げられるのを待っていた。明里さんには事前に、「友達」がアートセラピーの企画について話をしにカフェに来る、と伝えてあった。彼女は快く承諾してくれた。
そして今、私はまるでストーカーみたいに隠れて、自分の心が完全に引き裂かれるのを待っている。
明里さんは時間ぴったりに現れた。水色のセーターを着て、髪はシンプルなポニーテールにまとめている。彼女は完璧に見えた。誰もが思い描く理想の「医者の彼女」そのものだった。
「明里さん?」始の声がカフェの入り口から響いた。彼は清潔な白いシャツを着て、ハンサムでプロフェッショナルに見えた。
「始さん!」明里さんは手を振った。「遥さんから、アートセラピーに興味があるって聞きました」
「はい」始は彼女の向かいに座った。その声は聞いているのが辛いほど優しかった。「アートは魂を癒やす力があると思うんです。ちょうど……ちょうど、あなたの笑顔みたいに」
(そんな言葉、私に言ってくれたことなんて一度もなかったのに)
彼らが談笑するのを見ていた。始が、私には一度も見せたことのない魅力的な一面を見せているのを。彼は身を乗り出して耳を傾け、その視線は一点に集中していた。この男、私が十年も知っているこの男が、こんなにも優しく、こんなにもロマンチックになれるなんて。
「タトゥーのデザインって、本当に面白いですね」明里さんが言った。「遥さんの作品には、特別なエネルギーがあります」
「彼女は間違いなく才能がある」始は頷いたが、その意識は完全に明里さんに向いていた。「でも、僕にとって一番美しいアートは、今目の前にある」
私は静かにカフェを抜け出した。胸を両手で締め付けられているような感覚だった。廊下を歩く一歩一歩が信じられないほど重く、看護師たちの雑談が耳障りなノイズに変わっていく。
これがあなたの価値よ、遥。完璧な仲人。他の誰かが愛を見つけるのを手伝い、自分は忘れられた友人のままでいる。
アトリエに戻ると、私は椅子に崩れ落ち、虚ろに天井を見上げた。窓から差し込む太陽の光が、壁に貼られたタトゥーデザインのスケッチを照らし出す――かつては私を誇らしい気持ちにさせたそれらの作品は、今ではすっかり意味を失ってしまったように見えた。
自己憐憫に浸っていると、ドアをノックする音がした。
顔を上げると、見知らぬ男が外に立っていた。長身で黒髪、ヴィンテージのカメラを手にしている。昨日、向かいの写真スタジオから私を観察していた、あの人物だ。
「武藤隼人と申します。写真家をしています」彼は落ち着いた様子で入ってきた。「昨日、あなたの作品と……あなたの表情を見た。真のアーティストはいつも、痛みの中で最も美しい作品を生み出す」
私は警戒しながら彼を見た。「……何が望み?」
「あなたが仕事をしているところを撮りたい」隼人は私のディスプレイウォールに近づき、タトゥーのデザインを注意深く観察した。「これらの作品はタトゥーアートの真の美しさを示しているが、その創作者の背後にある物語を捉えられる人間は少ない」
「私のこと、知らないでしょ」私の声は思ったよりかすれていた。「私がこれを必要としてるって、どうしてわかるの?」
隼人はこちらを振り返り、その視線はまっすぐで、誠実だった。「俺もアーティストだから。見過ごされるのがどんな気持ちか、間違った場所で認められようとするのがどんな気持ちか、知っている」
「……何を撮りたいの?」冷静を保とうとしたが、私の決心はすでに揺らいでいた。
「あなたの仕事のプロセス。タトゥーアートの創作過程。そして……本当のあなたを」隼人はバックパックからポートフォリオを取り出し、私に手渡した。「これは俺がニューヨークで撮ったアーティストシリーズだ」
ポートフォリオを開くと、中の写真に息をのんだ。一枚一枚が、創作中のアーティストの集中した表情、その純粋で、何にも邪魔されない芸術的なフローの状態を捉えていた。作られたポーズ写真ではなく、本物の、魂のこもった瞬間だった。
「どうして日本に戻ってきたの?」私は尋ねた。
「ニューヨークには偽物のアートが多すぎるからだ」隼人は私の向かいの椅子に腰掛けた。
彼は壁のデザインの一つを指差した。「あなたの作品には魂がある。昨日の展覧会で、皆があなたの技術を賞賛していたが、俺が見たのは感情だった。痛み、渇望、希望……それがあなたの線の中にすべてある」
「私……」私は言葉を詰まらせた。「……撮影、引き受ける。でも、今、感情がぐちゃぐちゃなの」
「あなたの準備ができたらいつでも」隼人は立ち上がった。「俺は通りの向かいにいる。いつでも待ってる」
ドアに着くと、彼は私を振り返った。「遥さん、あなたのアートは見られるべきだ。誰かの友人としてじゃなく、黒川遥自身として」
ドアが閉まった後、私のスマホが震えた。始からのメッセージだった。
「遥!今日のカフェ、最高だったよ!明里さん、今週末に映画に行くの、OKしてくれたんだ。手伝ってくれてありがとう――君は世界一の親友だ」
私はスクリーンを見つめ、それから通りの向こう、写真スタジオの明かりが灯る窓に目をやった。
そろそろ、他人の人生の脇役でいるのはやめる時なのかもしれない。
でも、そう考えながらも、始の幸せを思うと、まだ心が痛んだ。十年の想いは、一日で消えたりはしない。隼人のような人が現れても、自分の価値に気づき始めても。
