第3章
浅桐瑠璃視点
その言葉は、一瞬、宙に浮いたままだった。
「T市に行かないって、どういうことだ?」
父がゆっくりと尋ねた。
「瑠璃、お前はもうT大に専願で出願しただろう。あれは合格したら必ず入学しなきゃならないんだぞ」
「取り下げたの」
自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
「代わりに、C大とS大とB大に出願したわ」
母が心配そうに私を見つめた。
「いつの間にそんなことを?」
「キャンプから帰ってきてから」
二人は顔を見合わせた。親同士にしかわからない、無言のコミュニケーションだ。それから母は、心配を顔中に浮かべて私に向き直った。
「ねえ、瑠璃。これって、尚樹くんと何か関係があるの? 二人の間に何かあった?」
私たちの間では、もう何もかもが終わってしまったの。でも、そんなこと言えるはずもなかった。ある男を追いかけて、わざわざ遠くの大学まで行こうとしたこと。それなのに、向こうは私のことをただの練習相手としか見ていなかったなんてこと、どうしても言えなかった。
「ただ、C大こそが本当に行きたい場所なんだって気づいただけ」
私は代わりにそう言った。
「昔からずっと憧れの大学だったの。そもそもT大に専願で出願するべきじゃなかったんだ」
父は椅子に深くもたれかかり、長い間、私をじっと観察するように見つめた。
「で、尚樹くんは、そのことを知っているのか?」
「まだ」
「瑠璃」
母がテーブル越しに手を伸ばし、私の手を取った。
「あなたたち、一年以上も一緒に計画してきたじゃない。そのうち、彼が事情を聞きにここへ現れるわよ」
「わかってる」
私は手を引っこめ、お皿の上の食べ物を箸でつついた。
「でも、これは私の決断。私の人生。彼のものじゃない」
両親はまた顔を見合わせた。お母さんの目が少し潤んでいるのが見えて、胸が締め付けられるようだった。でも、それから彼女は頷いた。
「わかったわ」
母は優しく言った。
「瑠璃が本当にC大に行きたいのなら、私たちは応援するから」
「ああ、そうだな」
父も同意したが、まだ心配そうな顔つきだった。
「でも、尚樹くんの反応には備えておきなさい。彼はすんなりとは受け入れないだろう」
そんなことはもうわかっていた。この二週間、ありとあらゆるシナリオを想像してきた。彼が口にするであろうすべての反論、考えを変えさせようとするであろうすべての手管を。でも、私は絶対に折れないと決めていた。今度だけは。
「大丈夫、なんとかする」
私は言った。
それからの二週間は、奇妙な宙ぶらりんの状態で過ぎていった。ほとんどの時間を自室で過ごし、C大の寮のサイトを執拗にチェックしたり、学園ツアーの動画を見続けたりした。おかげで、眠っていても大学の構内を歩き回れるくらいになった。
SNSで映画学科の学生をフォローし、彼らの作品を研究した。同じ場所で撮影し、同じ研究室で編集する自分の姿を想像しながら。
高橋尚樹からのテキストメッセージで、スマホがひっきりなしに震えた。キャンプから帰った日に彼の番号はブロックしたけれど、何かがおかしいとすぐに感づいたようだった。知らない番号から、明らかに彼からだとわかるメッセージが届き始めた。
「なんで返事くれないの?」
「瑠璃、ふざけるのはやめてくれ」
私は返信せずに、片っ端からブロックした。
石川沙織からは何度も電話があったけれど、大学受験の準備で忙しいと言い訳を続けた。まだ彼女に話す準備ができていなかった。自分がどれほど完璧に騙されていたかを認める準備が。
三月中旬のある水曜の午後、玄関の呼び鈴が鳴った。私は二階で、その週三度目となるクローゼットの整理をしていた。C大に何を持っていくか、何を残していくか、何を寄付するかを仕分けていた。それは不思議な心の癒やしだった。自分が演じてきた偽りの自分を、物理的に取り除いているような感覚。
「瑠璃! 誰か来てるわよ!」
母が階下から呼んだ。
誰かが来る予定はなかった。沙織は今週、家族のビーチハウスに行っている。スマホを掴んで階下へ向かうと、玄関のドアの窓から、彼の姿が見えた。
高橋尚樹。ポーチに立ち、両手にスターバックスのカップを二つ持ち、自分が魅力的だと思っているときに見せる、あのわざとらしい笑顔を浮かべていた。
胃がずんと重く沈み、一瞬、本当にめまいがした。
二階に戻って、留守のふりをしようかと考えた。でも、母はすでに来客用の、あの丁寧な微笑みを浮かべてドアを開けているところだった。
「尚樹くん! 珍しいわね、どうしたの」
母が言った。
「こんにちは、浅桐さん」
彼はコーヒーカップを掲げて見せた。
「瑠璃の好きなやつ、持ってきました。二週間後には出発ですし、T市での計画を最終決定しようと思って」
彼は母の横を通り過ぎ、新聞を読んでいた父のいるリビングへと入っていった。父は顔を上げ、ゆっくりと新聞を畳んで脇に置いた。
「瑠璃!」
階段にいる私を見て、高橋尚樹の笑顔がさらに大きくなった。彼は部屋を横切ると、コーヒーの一つを私に手渡そうとした。
「いたのか。何週間もテキストしてるのに。スマホ、壊れたか何か?」
私はコーヒーを受け取らなかった。
「ここで何してるの、高橋尚樹?」
彼の笑顔が、ほんのわずかに揺らいだ。
「二週間後の計画の確認だよ。一緒に飛行機で行くか、別々に行くか決めないと」
彼は私の受け取らなかったコーヒーをサイドテーブルに置いた。
「親父が、T市に着いたら車使っていいってさ。これで自由自在だ! 週末はY市までドライブしたり――」
「尚樹くん」
彼の饒舌を遮ったのは、母の声だった。母は咳払いを一つして、私に目をやり、それから尚樹くんに向き直った。
「瑠璃は、T市には行かないのよ」
