第2章 偶然ですね
やがて、笹川諭が足を組んでソファに寄りかかりながら、膠着状態を破った。「夢子、あの子があれだけ誠意を見せてるんだ。その好意を無駄にするなよ。有り難みが分からないなんてことのないようにしろ」
笹川諭が言い終えると、陸川北斗は我に返り、冷笑を一つ漏らした。「長期の愛欠乏症か。男を見つけて埋め合わせるべきだな」
それを聞いた天樹夢子は、色気たっぷりに立ち上がり、気前よく笑って言った。「流、望月、うちの人がああ言ってるんだから。私は先に二、三発ヤってくるわ。あなたたちはゆっくり楽しんでて」
そう言うと、彼女は隣の男の子に視線を移した。「行くわよ、イケメン君。ホテルに連れてってあげる」
「はい、姉さん」天樹夢子に応えながら、男の子は彼女の耳元に顔を寄せて何事か囁いた。
「本当なの! じゃあ後であなたのテクニック、見させてもらうわね」と天樹夢子。
「……」一同は絶句した。
天樹夢子がその勢いに乗ったので、笹川諭ももう一人の男の子を連れて一緒について行った。
部屋の中では、陸川北斗のあの物静かな顔も平静を保てなくなり、ドンッと足で蹴り飛ばした。
次の瞬間、麻雀卓がひっくり返り、麻雀牌がガラガラと床一面に転がった。
彼の隣に立っていた柊木嶋は、顔面蒼白になり、その腕を掴んで叫んだ。「北斗」
柊木嶋が怯えているのを見て、白上流は彼女がここにいるのは不適切だと言い、人を呼んで先に帰らせた。
出入り口の方では、天樹夢子は一度も振り返らず、興味津々といった様子で二人の男の子にどんなプレイができるのか、どんな体位が一番気持ちいいのか、この仕事は儲かるのかと尋ねていた。
笹川諭はちらりと後ろを振り返り、口の端に笑みを浮かべた。心の中もスッとしていた。
——
しばらくして、天樹夢子がルームキーを手に別の豪華スイートのドアの前に来た時、陸川北斗が氷のような形相でこちらへ歩いてきた。
他の男と寝ようなど、あり得ない。
彼、陸川北斗が不要なものでも、他人が手出しすることは許さない。
天樹夢子は彼が来たのを見て、知り合いに会ったかのように親しげに挨拶した。「奇遇ね、あなたもホテルに来たの!」
「柊木嶋は! いっそ彼女も一緒に呼んだらどう」
陸川北斗が口を開く間もなく、天樹夢子は続けた。「夫婦だった仲じゃない。私はあなたと寝られないけど、せめてベッドでの勇姿くらいは見せてほしいわ。じゃないと、将来離婚して、他の人に元旦那の夜の能力はどうだったって聞かれても、答えられないじゃない」
天樹夢子のからかいを、笹川諭は隣でずっと彼女を見つめて笑っていた。その笑みはとても甘やかだった。
陸川北斗は言った。「天樹夢子、本当に安っぽい女だな」
天樹夢子は平然と笑って言った。「安っぽくなきゃ、あなたと婚姻届を出せる? あなたの家のベッドで寝られるかしら?」
天樹夢子と陸川北斗は婚姻届を出しただけで、結婚式は挙げていない。本来は挙げる予定だったが、陸川北斗が直前でキャンセルしたのだ。
このことは、ずっと天樹夢子の心に刺さった棘だった。
それもあって、二人の結婚を知る者は多くなかった。
天樹夢子が陸川北斗に引き止められているのを見て、彼女が婚姻届に言及するのを聞くと、天樹夢子についてきた男の子が慌てて前に出て言った。「姉さん、よかったら先に……」
しかし、彼の言葉が終わらないうちに、陸川北斗は彼の胸を勢いよく蹴りつけた。
直後、男の子は真っ青な顔で数歩よろめき、最後にガタンと音を立てて、重々しく床に倒れた。
その時、天樹夢子はついにいつもの笑顔を収めた。「陸川北斗、いい加減にして」
天樹夢子がかばうのを見て、陸川北斗は手を伸ばし彼女の顔を掴んだ。「天樹夢子、こんなレベルの男にお前は目が眩むのか。我慢できるのか?」
陸川北斗の腕を掴み、天樹夢子は言った。「私が我慢できるかどうかはあなたに関係ない。あなたはあなたの、私は私の好きにやる。互いに干渉しない、公平でしょ」
天樹夢子の強情さに、陸川北斗は顔をこわばらせ、今度は彼女の首を掴んだ。
首を締められ、天樹夢子の顔は瞬く間に真っ赤になった。
笹川諭は陸川北斗が本気で怒っているのを見て、すぐに彼の手首を掴んだ。「陸川北斗、手を出すのはやりすぎだ」
笹川諭が言い終えると、白上流と望月睦たちも駆けつけてきた。
目の前の状況を見て、急いで陸川北斗を引き離した。
その後、床に倒れている男の子とその連れに目をやり、早く立ち去るように促した。
さもなければ、本当に死人が出かねない。
右手で自分の首を押さえてしばらく咳き込み、ようやく息が整うと、天樹夢子は何も言わずに右足を上げ、陸川北斗の下腹部を思い切り蹴りつけた。
途端に、陸川北斗の顔色が真っ白になった。
傍らで、白上流たちは一瞬、全員が呆然とした。
天樹夢子が向こう見ずなのは知っていたが、ここまでとは。
陸川北斗を睨みつけ、天樹夢子は自分の首を押さえながら、冷たく言い放った。「もう一度私に手を出してみなさい」
天樹夢子の憎しみを帯びた眼差しに、陸川北斗の心臓が突然、激しく締め付けられた。
自分も先ほどは確かにカッとなりすぎたと気づいた。
そこで、しばらく天樹夢子をうつむきがちに見てから、両手をポケットに突っ込み、くるりと横を向いて黙り込んだ。
望月睦はそれを見て、二人を軽く押しながら言った。「もういいだろ。一晩中揉めて。何かあるなら家に帰ってから話しな」
望月睦が場を収めたことで、陸川北斗はポケットから右手を出し、無言で天樹夢子のうなじを押さえ、そのまま彼女を連れて行った。
階下の駐車場に着くと、陸川北斗は天樹夢子を助手席に押し込んだ。天樹夢子は顔を背け、窓の外を見つめた。
車が発進し、しばらく静かな雰囲気が続いた後、陸川北斗は窓を開けて自分に煙草を一本つけた。
煙の輪が外に流れていく。彼は不意に言った。「どんな男とでも寝る気か。病気になるのが怖くないのか」
天樹夢子は意に介さず一言返した。「コンドームつけるから」
陸川北斗の顔が険しくなった。「お前は男か? そんなモンついてるのか? お前が何をつけるんだ?」
陸川北斗が怒鳴り終えると、天樹夢子のバッグの中の電話が鳴った。取り出して見ると、三上汐浪からだった。
心底疲れたようにため息をつき、天樹夢子は電話に出た。「お母さん」
電話の向こうから、三上汐浪のせわしない声が飛んできた。「夢子、北斗は見つかったの?」
片手で額を押さえ、もう片方の手で電話を持ちながら、天樹夢子は力なく言った。「見つかったわ。今、帰る途中」
先ほどのホテルでの口論については、天樹夢子は一言も触れなかった。
三上汐浪は陸川北斗が帰ると聞いて言った。「夢子、それなら今夜はしっかりチャンスを掴むのよ。もう二年よ。あなたと北斗には子供がいてもいい頃だわ。これ以上一年も延ばしたら、北斗が離婚したいと言い出した時、あなたには切り札が一枚もないことになるわよ」
三上汐浪の小言に、天樹夢子は頭が痛くなった。
二年だ。片方は産めとせっつき、もう片方は頑なに拒む。もう精神が分裂しそうだ。
肝心なのは、彼女は必死で産みたいのに、陸川北斗がそれを望んでいないことだ!
天樹夢子がすぐに返事をしなかったので、三上汐浪は途端に警戒して尋ねた。「夢子、あなた、もしかして産みたくないの?」
天樹夢子は言った。「産む産む、産みたいわよ、お母さん」
天樹夢子の投げやりな返事に、陸川北斗は冷ややかに彼女を一瞥し、アクセルを底まで踏み込んだ。車は一気に加速した。
しばらくして二人が家に着くと、家の中は静まり返っていた。天樹夢子がシャワーを浴びてバスルームから出てくると、ふと先ほどの三上汐浪の念押しと、実母からのしょっちゅうの問いかけを思い出した。
そこで意を決し、クローゼットへ向かい、黒のセクシーなレースのランジェリーを選んだ。
ショーツを穿き上げ、まだ薄いガウンを羽織る前に、寝室のドアが不意に開かれた。
振り返ると、陸川北斗が部屋に戻ってきたところだった。
