第7章 あいつに私の子どもを奪わせるものか
桜井瑞希はそれを聞いた途端、感情が一気に爆発した。
「絶対ダメ! この子たちは私の命よ。あの人に奪わせるわけない!」
命がけで守り抜いた子どもだ。黒崎恒一は、ただ種を蒔いただけのくせに、出来上がった果実だけを奪っていくつもりなのか。そんな都合のいい話が、この世にあるものか。
瑞希が急に声を荒らげたのを見て、葉山静香は慌てて宥める。
「もう、今のは口が滑っただけ。真に受けないで。たとえ黒崎恒一が奪いに来たって、このちびちゃんたちが許すと思う?」
静香は二人に目配せした。颯太と由衣は、こくこくと勢いよく頷く。
颯太は駆け寄ると、瑞希の腕にぎゅっとしがみついた。凛々しい小さな顔をすり寄せる。
「ママ、安心して。僕はずっとママのだよ。誰にも取られない」
由衣も反対側の腕に抱きつき、甘ったるい声で言った。その声だけで胸がほどけそうになる。
「ママ、由衣とお兄ちゃんはずっとママのかわいい子だよ。もしパパがママから奪おうとしたら、悪いパパだもん。ずっと許さない!」
その言葉に、瑞希の胸の奥の硬さがようやく少し緩んだ。二人の顔を見るたびに、救われる。黒崎恒一と結婚したことが人生最大の後悔だと、そう言い切れなくなるくらいには。
瑞希は二人を強く抱きしめ、念を押す。
「じゃあ約束。これからは絶対、あの人と関わらないで。存在を知られたら、必ず奪いに来る。分かった?」
「でも、わたしたち……」
「由衣。ママの言うこと、覚えておけばいい」
妹が口を滑らせかけたのを察し、颯太が咄嗟に遮った。
由衣は兄の合図に気づき、小さな手で自分のぷにっとした唇を押さえる。
「うん、覚えた」
「いい子。ママ、車を回してくるね。静香おばちゃんが二人を連れて出てきて」
瑞希は二人の頬にちゅっと口づけし、ようやく安心してカフェを出た。
瑞希の背中が見えなくなると、颯太は由衣の肩を軽く叩いた。静香がいるので声を落とす。
「由衣、さっき危なかった。もう少しで言いそうだっただろ」
由衣はしょんぼりして、白い指でピンクのスカートの裾をぎゅっと掴んだ。
「ごめん、お兄ちゃん……つい。ママに言いたくなっちゃったの。パパとママが一緒で、ほかの子みたいになりたいって」
颯太も同じ気持ちだ。だからこそ、妹の頭を撫でる手つきは優しかった。小さな大人みたいに。
「大丈夫。僕が頑張る。絶対、パパとママを一緒にする。二人とも頑張ろう」
由衣の目がぱっと輝く。
「お兄ちゃん、誰かをやる気にさせるの上手だね」
颯太は由衣の額を軽く弾いた。
「僕、そんなに情けない?」
二人がまたじゃれ始めたところで、葉山静香が振り返り、それぞれの手を取った。
「ほら、帰るよ。二人とも、行こう」
家に着くと、瑞希のスマホが鳴った。彼女の表情が一瞬で複雑になる。
静香に小声で言う。
「静香、二人を先に中へ」
長年の付き合いで察し、静香は何も聞かずに子どもたちを連れて家へ入った。
瑞希はその場に残り、通話ボタンを押す。
「……どうした?」
