第1章
午前一時。高木覚はまだ帰ってこない。
ベッドに横たわりスマホを弄っていると、玄関から鍵の回る音が聞こえてきた。彼がドアを開けると、酒の臭いと香水の香り——私が使っているものとは違う香り——が流れ込んでくる。
「お帰りなさい」
私は上体を起こした。
「ああ」
彼はコートも脱がずに、そのままリビングへと向かう。
「電話に出てくる」
私はその背中を見つめた。ここ三ヶ月、帰宅するたびにこの調子だ。ぞんざいで、疲れ切っていて、まるでノルマでもこなしているかのような態度。
寝室のドアが完全に閉まっていなかったため、会話は丸聞こえだった。
「もしもし? 寂しかったか、ベイビー?」
彼の声が急に甘ったるいものに変わる。
「今夜は付き合いがあってさ。じゃなきゃ、とっくに君のところへ行ってたよ」
私はスマホを握りしめる。
「あの女?」
高木覚は笑った。
「写真、見たことあるだろ? あんな醜い顔の女に、俺みたいなアイドルを独占する権利なんてあるわけない。実家が金持ちじゃなきゃ、誰が娶るもんか」
スマホの画面が暗転する。
別に感情が揺れ動いたわけではない。
ただ、少し疲れただけだ。
正直なところ、自分の容姿が人並みであることは幼い頃から自覚していた。
目鼻立ちは平凡、スタイルも普通、人混みに紛れれば真っ先に埋没してしまうタイプだ。小学生の頃、男子たちが女子の顔面偏差値を格付けした時、私は万年最下位だった。中学の学園祭では、他の女子たちがダンスに誘われる中、私一人だけが部屋の隅で菓子をつまんでいたものだ。
だが同時に、私は幼い頃から一つの真理を悟っていた。この世において、金は何よりも重要であるということ。
美貌は衰え、才能は時代遅れになるが、金だけは永遠だ。
そして私には、その金が腐るほどあった。
三村グループは祖父の代に裸一貫から築き上げられた商業帝国であり、不動産、金融、エンタメ、テクノロジーなどあらゆる分野に及んでいる。父の代には、すでに日本で五指に入る財閥となっていた。
私は十六歳からグループの経営判断に関わり、二十歳の頃には一つの部門を任されていた。私より百倍美しい女たちも、取締役会では私にペコペコと頭を下げる。
金は私の望むすべてを与えてくれた——最高の教育、最高に贅沢な生活、そして最大の選択権。
そこには、最高にいい男も含まれる。
これが富裕層の世界だ。欲しいものは、何だって手に入る。
私は目を閉じ、結婚式の日の光景を脳裏に浮かべる。
白いタキシードに身を包み、祭壇の前に立つ高木覚。ステンドグラス越しの陽光が彼の顔に降り注いでいた。あの一瞬、私は呼吸するのも忘れそうになった。
その顔は、本当に完璧すぎた。
高く通った鼻筋、深みのある瞳、非の打ち所のない唇の形。笑った時の口角の上がり方さえ、神が丹精込めて彫り上げた芸術品のようだった。
物心ついてから父が手配してきた見合い相手たち、他の財閥の御曹司たちは、どいつもこいつも絶望的なほど醜かった。若禿げに太鼓腹か、あるいは顔中ニキビだらけか。
会うたびに、私は吐き気を堪えて彼らと食事をし、会話をしなければならなかった。
こんな連中と結婚するかもしれないと考えると、全身に鳥肌が立ったものだ。
だから初めて高木覚を見た時、その衝撃は筆舌に尽くしがたいものがあった。
この世に、これほど美しい男が存在したなんて。
私はその時誓ったのだ。どれだけ金を積んででも、この顔を私のものにしてみせると。
リビングでは、まだ高木覚が電話を続けている。
「よしよし、わかったから拗ねるなよ」
彼の声は低く抑えられている。
「明日会いに行くから。彼女にはバレやしないさ」
私は寝室に戻り、ドアを閉めた。
スマホのアルバムを開き、結婚式の写真をスクロールする。
その非現実的なまでに完璧な顔を見つめ——私は初めて、少し飽きを感じた。
どんなに美しい顔も、見慣れてしまえばこんなものか。
三年前、この顔のために費やした巨額の資金を思い出す。
今思い返せば、それだけの価値はあった。
少なくとも、一つの真理を理解させてくれたのだから——この世に金で買えないものはない。最高の顔面でさえも。
だが買えるということは、当然、要らなくなれば捨てることだってできるということだ。
