第3章

 深夜、裂けた傷口の痛みと、大量出血による高熱が、私を息苦しい悪夢の底へと引きずり込んでいった。

「スイッチを入れないで……お願い……琉佳をあの冷たい金属のベッドから降ろして。私に返して……」

 私は暗闇の中で弾かれたように目を覚まし、激しく喘いだ。冷や汗でシルクのネグリジェが背中にべったりと張り付き、全身が制御不能なほどの震えに襲われている。

 その時、硬く無骨な手のひらが私の腰に滑り込んできた。

 私は追い詰められた野良猫のように反射的に身を引き、ラグの上に激しく転げ落ちた。その衝撃で生々しい傷口が引き攣れ、腹部に吐き気を催すほどの激痛が走る。私は壁の幅木にすがりつくように丸まり、何度も空嘔吐を繰り返した。

 革の拘束具、全身を麻痺させる鎮静剤、脳を焼き焦がす電気ショックの異臭……骨の髄まで染み付いた恐怖が、私を丸呑みにする。

「何の真似だ?」頭上から、低い唸り声が降ってきた。

 雪奈を慰めてきたばかりの龍之介が、険しい表情で私を見下ろしていた。

「俺と同じベッドに寝るのが、それほど不快か?」

 私は目眩がするほど虚空に向かって喘ぎ続けた後、マットレスを支えにして、どうにか上体を起こした。

 以前のように叫ぶことも、暴れることも、非難の言葉を投げつけることもしなかった。ただ、死んだような沈黙の中で深くうつむいていた。

「違うわ、龍之介。ただ……また発作が起きただけ。あなたがしっかり教えてくれたもの。私の記憶は、すべてただの幻覚なのだと」

 彼の頬の筋肉が、微かに引き攣った。

 子供を失った私が泣き喚き、反抗してくることを見越して、彼は歪んだ慰めと冷酷な脅し文句を用意していたのだろう。だが、この生気のない完全な服従は、彼に肩透かしを食らわせた。その瞳に、苛立ちの色が閃く。

 彼は苛立たしげにネクタイを緩め、冷徹な声で言い放った。

「自分の頭が病んでいると理解しているならいい。お前をあの施設に隔離したのは、お前が誰かを傷つけるのを防ぐためだったんだ」

「明日の夜は組織の秋の夜会だ。そこで雪奈が正式に琉佳を養子に迎える。身なりを整えて出席し、少しは感謝の意を示せ」

「彼女は俺を庇って体を壊し、その上、お前が産み落とした『間違い』を育てる重荷まで背負うことになったんだ。これ以上、つけ上がるなよ」

 喉の奥に広がる鉄錆のような血の味を飲み込みながら、私は空虚な声で答えた。

「……わかったわ」

 そのたった一言に、龍之介の胸部をほんの一瞬、得体の知れない焦燥が締め付けた。

 彼は大股でドアに向かったが、敷居の前で足を止めた。そして踵を返すと、背後から私の硬直した身体に、そっと腕を回した。

「そんな、死んだような目をするな」私の髪に顔を埋めるようにして囁くその低い声には、息が詰まるような支配欲がどろりとまとわりついていた。

「大人しくしていろ。そうすれば、俺がちゃんと面倒を見てやる。以前のように」

 私は視線を落としたまま、マネキンのように微動だにしなかった。

――

 翌晩。郷田邸の豪奢な大広間は、声なき緊張感によって息苦しい空気に包まれていた。

 首領である源蔵が体調不良により表舞台から退きつつある今、龍之介は誰の目にも明らかな組織の絶対的支配者となっていた。

 今夜、彼は自身の最大の弱点でもある雪奈を、不可侵の権力の座に堂々と据えようとしている。

 夜会が最高潮に達した頃、幹部たちはこぞって豪華な貢ぎ物を献上した。だが、龍之介が手渡した分厚い茶封筒に比べれば、どれも児戯に等しかった。

 その中に入っていたのは、ファミリーが海外に持つ資金洗浄用の口座と、海運ルートの全支配権。組織にとって唯一のクリーンな逃走経路であり、歴史上、真の『女主人(ドンナ)』にのみ託されてきた絶対的な命綱である。

 書類と重厚な純金のシグネットリングを受け取った雪奈の瞳に、涙が浮かぶ。途端に、広間中にざわめきがさざ波のように広がった。

「王国の鍵を渡したも同然だぞ。自分の命そのものを、あの女に預けたんだ」

「なら、本妻はどうなる? 彼のために三人の跡取りを産んだあの妻は」

「精神病棟から退院したばかりの、あの『繁殖牝馬』のことか? 隅のほうを見てみろよ。ただの抜け殻だぜ。子宮が用済みになれば、即刻捨てられるに決まってるさ」

 私は彼らの死角となる席に座り、権力の頂点に立つその男女を、ただ静かに見つめていた。

 七年前、源蔵は私に組織の帳簿を学ぶよう命じた。龍之介は私の手に優しく口づけをし、君のその繊細な指を血塗られた金に触れさせるなんて耐えられない、と囁いたのだ。

 それなのに今、彼は一切の躊躇もなく、雪奈に絶対的な権力を手渡している。

 愛の究極の表現とは、権力を明け渡すこと。龍之介はその点において、常に冷酷なほど明晰だった。ただ、それを私に適応したことがなかっただけだ。

 広間の息詰まるような熱気に眩暈を覚えたその時、阿鼻叫喚の事態が引き起こされた。

 痩せこけたウェイターが突然トレイを放り投げた。瞬きする間に彼はグロックを引き抜き、狂気じみた気迫で雪奈の胸元に狙いを定めた。

「死ね、この売女! 俺の兄弟たちと一緒に地獄へ落ちろ!」

 龍之介の瞳孔が収縮した。

「雪奈!」

 彼のすぐそばに座っていた私は、突如として腕に骨が砕けるような激痛を感じた。

 龍之介だ。

 彼は私を庇うために引き寄せたのではなかった。雪奈を巨大なクルミ材のテーブルの裏へ安全に引きずり込もうと後ずさりしながら、彼の指は私の肉に無残に食い込んでいた。

 そして暴力的で爆発的な一つの動作と共に、彼らがたった今空けたばかりの無防備な空間へと、私を前方に突き飛ばしたのだ。

 完全に無防備な状態のまま、私は銃口の軌道上へとよろめき出た――射線上に完璧に放り出された、人間の盾として。

 ダァン! ダァン!

 二発の銃弾が私のドレスを引き裂いた。一発目は鎖骨を砕き、二発目は腹部に深々と食い込んだ。

 その衝撃で、私は大理石の床に叩きつけられた。臓器が破裂したことによる目の前が真っ白になるほどの激痛が、瞬時に気道を塞ぐ。視界の中で、真紅と漆黒の星屑が弾け飛んだ。

 意識が遠のきゆく中、暗殺者が護衛たちの集中砲火を浴びて蜂の巣にされるのが見えた。龍之介がテーブルの下から狂ったように這い出し、大理石に膝をついて、血の海から私を掬い上げる。

 私は消えゆく命の最後の欠片をかき集め、彼と視線を合わせた。その顔は、歪んだ恐怖の仮面のようだった。

 血と胆汁の混じった泡が唇から溢れ出る。

「どうして……?」

 大量出血が、私を虚無へと突き落とす速度を早めていく。耳をつんざくような耳鳴りの向こうで、龍之介の声が半狂乱の咆哮となってひび割れた。

「誰か来い! 救急医療班を呼べ! 今すぐだ!」

「絶対に目を閉じるな! 頼むから……生きてくれ! 玲央も美亜も返す! 琉佳もお前の元に連れ戻すから!」

「頼む……神様、お願いだ……死なないでくれ……」

 幻聴だ。酸欠になった脳が誤作動を起こしているだけ。

 私を銃弾の盾として突き飛ばしたばかりの男が、使い捨ての血液袋のために泣くはずがない。

 私は瞳を閉じ、完全な暗闇の中へと落ちていった。

――

 意識の底から這い上がってきた時には、すでに三日が経過していた。モルヒネのせいで四肢が鉛のように重い。

 窓際では、老齢の首領(ドン)・源蔵がウィングバックチェアに腰掛け、銀の装飾が施された杖に両手を乗せていた。その眼差しは、滅多に見せない重苦しい複雑さを帯びていた。

「お前はこの組織(シンジケート)のために銃弾を受けた。よく耐えたな、娘よ」黒曜石のロザリオを親指で撫でながら、老人はしゃがれた声で言った。「望みを言いなさい。慰謝料でも、世界中のどこかの領地でも……ファミリーが叶えてやろう」

 私は無機質な病室の天井を見つめた。喉は焼けた石炭を飲み込んだかのように痛む。

「……ドン」私は息を吐き出した。その声は紙のように薄弱だったが、死んだように静かだった。

「私に償いをしたいと本当に思ってくださるのなら……数日前に交わした、あの約束を果たしてください」

 老人の親指がピタリと止まった。彼は重いため息をつく。

「わかっている。だが、龍之介は完全に正気を失っているような状態だ。お前を手放すような書類に、あいつがサインするはずがない。しかし……安心しなさい。私がなんとかしよう」

 その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、重たい病室のドアが蹴り開けられ、壁に激突した。

「一体……俺に何のサインをさせたいって言ったんだ?」

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