第5章 復讐の刀
「やつらには……どぶ鼠みたいに生きてもらう!」若林星奈は爪を神田健斗の肉に食い込ませた。「持ってるもの全部、剥ぎ取ってやる。あの人間がうちの子に与えた痛み――千切って刻んで、そっくり返させる!」
神田健斗は反手で、凍えるほど冷えた彼女の指を包み込む。瞳の奥に、黒い殺気が渦を巻いた。
ようやく吐き出せる場所を見つけた若林星奈は、堰を切ったように泣き出した。隣の男は何も言わない。余計な慰めも、過剰な動きもない。ただ黙ったまま、彼女の頭上の小さな逃げ場だけを差し出し、好きなだけ崩れるのを許した。
神田健斗は背を軽く叩き、何度も、何度も落ち着かせる。若林星奈が泣き尽くし、力が抜けて、彼の胸で意識がふっと落ちるまで。
目を覚ましたとき、神田健斗は傍らから水のボトルを取り出し、キャップをひねって差し出した。
「水を少し」
若林星奈は顔を上げた。泣き腫らした瞳は怯えた子鹿みたいに揺れ、警戒だけがぎらついている。
受け取らない。代わりに、車のドア側へ身を縮めた。
怖かった。
三年前、西野直人も同じように優しい手つきで水を渡してきた。――その中には、眠らせる薬が混ぜられていた。
神田健斗は拒絶を悟り、無理強いはしなかった。ボトルを二人の間のシートに置く。
車内はまた、息の詰まる沈黙に沈んだ。
しばらくして、若林星奈が掠れ声で、ようやく最初の問いを落とす。
「……どうして、私を見つけられたの」
「ずっと探してた。俺が帰国した日から」
間を置かず、神田健斗は続けた。
「それと、あの親子鑑定は偽造だ。三年前の精神鑑定も、偽造」
若林星奈の心臓がひゅっと縮む。
勢いよく顔を上げ、彼を睨みつけた。どうして知っている。
男の言葉は、血の滲む傷口を正確に割く刃だった。だが今回、胸に走ったのは痛みじゃない。見抜かれた――理解された、その衝撃。
三年。
初めて言われた。自分は狂っていない、と。
初めて、こんなにも断言する声で、真実を突きつけられた。
「どうして……どうして、そんなことまで」声が震えて形にならない。
足元から冷たいものが這い上がり、頭のてっぺんを貫く。目の前の男が、知っているはずのないことを知りすぎている。怖い。
「……私を調べたの?」
神田健斗は視線を逸らさない。
「七年前、お前が三途の川から引き戻した俺だ。言っただろ。恩は返す」
「恩返し?」若林星奈は惨めに笑った。「こんなやり方で? ストーカーみたいに私の不幸も秘密も掘り返して、偽善で同情を施すために?」
反応は鋭い。全身に針を立てたハリネズミみたいに、近づくものを全部拒む。
神田健斗は刺されたとは思わなかった。痛かったのは、胸の奥だけだ。
どれほど絶望すれば、あの明るかった少女がここまで壊れる。
「同情じゃない」
低い声が、はっきりと断ち切る。
「刀を渡す」
「お前が、自分の手で復讐するための刀だ」
「復讐の刀?」若林星奈は冷えた目で彼を測った。「西野直人には西野グループがある。金も権力もある。あいつなら私の人生なんて、簡単にひっくり返せる」
視線だけで突き刺す。
「あなたは? 何ができるの」
神田健斗は答えなかった。
車は都心の高層マンションの前で止まる。指紋認証。重い暗証ドアが静かに開いた。
「ここは安全だ。俺の許可がなければ誰も入れない」
「バスルームに清潔な服がある。冷蔵庫も満たしてある。休め。明日、また来る」
……
同じ頃、西野家の別荘。
誕生日パーティーはとっくに不穏な空気のまま散り、客たちは噂話を抱えて足早に去っていった。
そのとき、西野直人の携帯が鳴る。表示は『おじいちゃん』。こめかみが跳ね、不吉な予感が胃の底からせり上がった。
静かな場所へ移動し、深く息を吸ってから通話に出る。
「……もしもし、おじいちゃん」
「クソ野郎!」
雷鳴みたいな怒号が耳膜を叩き、直人は反射的に肩をすくめた。
「お前のせいで西野家のメンツは丸潰れだ!」
「聞くぞ。あの子どもを屋根裏部屋に置いてるのは本当か!?」
背中に汗が走る。海外で療養中のはずなのに、なぜこんなに早い。
「おじいちゃん、説明します。あれは雑種で、俺の子じゃ――」
「ふざけるな!」西野爺さんは聞かない。「親子鑑定はお前がやらせた。精神鑑定もお前がやらせた! 西野直人、わしが耄碌したと思ってるのか。あのクソ女と一緒に好き放題できると?」
直人は言葉を失った。――全部、知られている。
「いいか、すぐ三つやれ!」
「一つ、山川心菜との婚約を即刻破棄!」
「二つ、屋根裏部屋へ行って曾孫を抱いて降りろ。最高の医者で検査し、別荘の一番いい部屋へ移せ!」
「三つ、若林星奈を掘り返してでも見つけて、全マスコミの前で公開謝罪し、許しを乞え!」
一つ言われるたび、直人の顔色が死んでいく。
婚約破棄。雑種を宝のように扱え。しかも――若林星奈に頭を下げろ?
殺されるより屈辱だ。
「できないか?」爺さんの声が、氷のように冷え切った。「なら明日から西野グループから消えろ。西野家の金も権利も、一銭もやらん!」
通話が叩き切られる。
直人は携帯を握り潰しそうになった。手の甲に青筋が浮く。
「直人、どうしたの? おじいちゃんは……」山川心菜が不安げに寄ってくる。
直人は振り向き、血走った目で彼女を睨みつけた。
「全部、お前のせいだ!」
喉を掴み、壁へ押しつける。心菜は真っ青になり、咳き込みながら彼の手を叩いた。
「直人……っ、なに……を……」
「なにを?」歯を剥いて吐き捨てる。「老いぼれが、俺を西野家から追い出すって言ったんだ!」
心菜の瞳が縮む。
直人はその怯えた顔を見つめ、眼底の狂気がほんの少しだけ理性へ戻る。
西野家を失えない。絶対に。
手を離す。
心菜は床へ崩れ、喉を押さえて激しく咳をした。
「怖がるな」直人はしゃがみ、いつもの温情を貼りつける。だがその奥に、背筋の寒い陰が潜む。「おじいちゃんは一時的に怒ってるだけだ。片づければいい」
涙を拭う指先は、優しいふりをして。
「今すぐやることは一つ。若林星奈を見つける」
「確保して、おじいちゃんの前で余計なことを言えないようにすれば……まだひっくり返せる」
