第293章

  小林絵里はふいに癇癪を起こし、振りほどこうと力を込めた。手首が赤くなるほどに。

  坂田和也が彼女を見る。「何してる」

  絵里はうつむいたまま言う。「あなたに会いに来た人がいるのに、どうしてまだわたしの手を掴んでるんですか」

  離してよ。

  なんで、まだ引き留めるの。

  夏目夕子が今にも泣き出しそうなの、見えないの?

  ここでわたしと揉めていたら、夕子が傷つくって分かってるくせに。

  けれど坂田和也は、答える代わりに絵里を抱き締めた。骨が軋むほど強く、まるで彼女を自分の身体に押し込めるみたいに。

  絵里の全身がこわばる。顎が彼の肩に触れ、どんより沈んだ空を見...

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