第76章

今さら、何に未練があるというのだろう。

ただ、もし自分が本当に不測の事態に陥ったとして、それを知った彼は、少しでも悲しんでくれるのだろうか。

もし本当に悲しんでくれるなら、この一年も、決して無駄ではなかったと思えるかもしれない。

小林絵里がそんなとりとめのないことを考えているうちに、エレベーターのドアが開いた。彼女はそのまま外へ飛び出し、走りながら110番にダイヤルする。

背後から、乱暴な足音が追いすがってきた。

小林絵里は恐怖のあまり血の気を失う。

まさか、あの男がこんなにも早く追いついてくるなんて!

「もしもし? つけられてるんです、わたし今……」

電話が繋がるなり、小林...

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